日本証券アナリスト協会 第7回国際セミナー「資産運用における新しいパラダイム」における森金融庁長官基調講演(平成28年4月7日)

本日は、資産運用に携わる皆様の前で話をする機会を作って頂き感謝します。

金融庁に来て今年で10年目ですが、この間、一貫して資産運用業は世界の金融業の中で最も将来性のある業務と考えてきました。

特に日本は米国と比較し、資産運用の改善余地が大きく、改善を実現させることが、日本の国民にとっても、日本の資本市場の活性化の観点からも必要と思います。

わが国は過去35年にわたり経常黒字を継続してきた資産大国です。しかし資産の過半が現預金、国債などの低リスク資産に運用されてきました。間接金融中心でローンの出し手は多いがメザニンやエクイティの供給は少なく、直接金融市場は長らく発展途上です。GPIFなど運用資産が多額のファンドはあっても洗練されたグローバルな運用がなされてきませんでした。グローバルな運用者、仲介者が不在の結果、日本市場に有益な情報がタイムリーに集まらず、日本の株式市場は外国人投資家の動向に影響され、資金の出し手に対するリターンは低いという、最適とは言いがたい均衡が継続してきました。

こうした資金の流れは20年近く続いたデフレ下では仕方ない面もありましたが、3年前に発足した安倍政権は積極的な金融緩和によるデフレからの脱却を政策のTop priorityにしてきました。それに沿って日本の資金の流れを変えることがデフレ脱却をサポートし、高齢化が進む日本国民の資産形成を促進し、直接金融市場の成長と資産運用業の発展につながる、との考えに立ち、これまで一連の施策を実施してきました。

まず家計についてですが、家計が保有する1,700兆円を超える資産の50%以上は現預金です。結果として、ここからあがるリターンは米国や英国に比べ極めて小さいものとなっています。例えば、過去20年間に米国の家計金融資産は3倍程度、英国は2.5倍程度に増加したのに対し、わが国の資産増加は1.4倍程度となっています。リスク性資産の保有比率を見ると、株式や投資信託などで直接保有している割合は、米国では30%を越えているのに対し、日英では10%程度です。ただし、年金・保険等を通じた間接的な保有まで含めると、米国は50%近くに達するほか、英国においても35%程度となるのに対し、わが国では15%程度と引き続き低位にとどまっています。こうしたポートフォリオの差が、金融資産の増加の差の一因になっていると考えられます。

これからも日本の人口減少や将来の期待成長率などを勘案すると、欧米のようにグローバルな分散投資を実現させていくことが国民の安定的資産形成の観点から望ましいと考えます。そうした考えに立ちNISAを導入しました。導入から2年間でNISAの買い付け総額は6.4兆円、口座数は約1,000万口座に拡大しています。今年からはジュニアNISAが開始されています。ご案内のとおり、本年からの制度拡充で非課税対象額は例えば、親2人・子2人の4人家族で2倍に拡大しています。

次に機関投資家ですが、日本にはGPIF約130兆円、ゆうちょ銀行約200兆円、かんぽ生命約85兆円、それ以外にも共済や大学の基金など多額の資産を運用するバイサイドの投資家が多く存在します。しかし、これらの運用も総じてあまり洗練されてはいませんでした。大半がJGBへの投資でリターンも低いものでした。

日本の資産運用業、資産管理業もこうしたバイサイドのレベルに応じたサービスしか提供する必要性がなかったといえるかもしれません。

機関投資家についても、この3年の間GPIFの改革が進み、JGB中心のポートフォリオから株式、外国株・外国債券への配分が高まりました。さらに運用・リスク管理高度化のためのガバナンス改革を内容とする法案が今国会に提出予定です。

ゆうちょ銀行も同様です。優秀な運用責任者を迎え、運用態勢を抜本的に改善しているところです。運用者はこれまでの公務員に準じた固定給から成果給を含めた報酬体系に移行中です。現在、グローバルな分散投資を拡充の過程にあります。

かんぽ生命もJGB中心の運用でしたが、運用の高度化と分散を進める旨、発表したところです。

販売会社も目先の手数料稼ぎを目的とした投資信託の回転売買から、顧客の資産形成を目指した経営方針の転換を図る動きが見られます。

過去20年近く、日本株のラリーは、ほとんどが外国人投資家主導でした。外国人投資家からは、「日本人はいつになったら日本株を買うのか」との質問を繰り返し受けてきました。日本人による日本株式の保有の高まりが少しづつ実現しつつあります。

これら年金、個人等新たな日本株の保有者は総じて中長期の投資家です。この株式投資が中長期的に見てサクセスストーリーになるためには、投資先の日本企業が継続的に企業価値を向上させることが重要です。

継続的な企業価値向上のためには、企業のコーポレートガバナンスの不断の改善と株主から企業に対するエンゲージメントの強化が必要、という考えにたち、スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードを策定しました。

これらのコードは、日本企業に変化をもたらしつつあります。

第1に、本年2月末時点で、約8割の企業が73あるコーポレートガバナンス・コードの原則の90%以上にコンプライしています。

第2に、独立社外取締役を2名以上選任する東証第一部上場の会社は、一昨年の約2割から、全体の過半数超に増加しました。

第3に、メガバンク3行が、政策保有株式を今後3~5年の間に約3割削減することを昨年11月に公表し、現在持ち合い解消に向けた取り組みが進捗しています。中には持ち合い解消と企業の自社株取得を組み合わせる動きも見られます。

「日本版スチュワードシップ・コード」についても、これまでに内外の206の機関投資家が、受入れを表明しており、ほぼ全ての国内大手機関投資家が参加しています。また、GPIFJPX400の対象上場企業に対して行ったアンケートの結果が本日公表されましたが、「スチュワードシップ・コードの導入後、機関投資家の行動に変化があった」と答えた上場企業の6割超が、経営戦略や中長期的視野に立った質問が増えたことなどを挙げ、肯定的な評価を行っています。

また、両コードの普及・定着状況をフォローアップし、上場企業全体のコーポレートガバナンスの実質の充実に向けた議論や提言を行うため、昨年8月、「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」を設置しました。6回の議論を経て、本年2月には意見書を公表しています。意見書では特に二点を強調しています。

1点目は、CEOの選解任です。「経営環境の変化に対応しつつ企業を成長させていくために、CEOの選解任は、上場会社にとって最も重要な戦略的意思決定であり、CEOの選任プロセスには、客観性・適時性・透明性を確保することが重要である。適切な業績評価に基づき、CEOに問題があると認められる場合には、適時に解任できる仕組みが必要である。」という意見です。

2点目は、取締役会の機能です。「取締役会がしっかりと監督機能を発揮するとともに、経営陣と連携しながら会社の戦略的な方向付けを行うことができるよう、適切な資質・多様性を備えたメンバーによる独立した客観的な取締役会の構成、戦略性を重視した取締役会の運営、継続的な取締役会の実効性の評価が重要である。」という意見です。

本年6月の株主総会のピークシーズンに向けて、取締役候補の選定などにおいて、この意見書の趣旨を踏まえた対応が望まれるところです。

このようにこの3年の間、それ以前に比べ多くの変化が実現しましたが、我々には満足している余裕はありません。国内投資家の日本株式投資は増加しましたが、足許の動きに見られるように、株価に対する海外投資家の影響は引き続き大きいといえます。過去3年で家計金融資産は200兆円程度増加しましたが、現預金の増加や株価の上昇による部分が大きく、貯蓄から投資への流れが本格的に進みだしたとは断言できない状況です。金融機関の投資商品販売姿勢も、残念ながら真に顧客のニーズに応えているとはいえません。

ただ過去3年間の政策が誤っていたわけではなく、これまでの方針を踏襲しつつ、更に前に進んでいくつもりです。そうした観点から今考えていることを少しお話したいと思います。

まず家計資産についてです。本年初に、家計に対するアンケート調査を実施し、資産形成についての考え方を聞きました。過去に投資経験のない方に投資の必要性について聞いたところ、約8割以上の方が「有価証券への投資は資産形成のために必要ない」との回答をしています。その理由を聞いたところ、複数回答ですが、「そもそも投資に興味がない」とした方が約6割、「投資はリスクがあり怖い」という回答が3分の1、「投資知識の欠如」が約3割ありました。また、「有価証券投資は資産形成のために必要だ」としながら投資をこれまでしていない2割弱の方にその理由をうかがったところ、「まとまった資金がない」との回答が7割強を占めました。また「投資が怖い、投資知識がない」などのリテラシーの欠如を理由にする回答も大きな割合を占めました。

この結果から、まずわかるのは金融経済教育の重要性です。アンケートでも金融経済教育の経験と投資経験には明らかな相関関係があることが証明されています。

また金融経済教育を受けたことのない層の約3分の2が、「金融や投資の知識を身につけたいと思わない」と回答していることからしますと、自主的な金融教育の会得は期待しにくく、本人の主体的な意志によらず金融教育を受けてもらう環境を整備することが必要と考えられます。

次に、「資産形成のために投資は必要」と考えながらも、実際の投資に踏み切っていない層については、「まとまった資金がないこと」を理由に挙げる方が多くを占めることから「少額からでも投資による資産形成が可能であること」を認識してもらうことが必要と考えられます。

個人の安定的な資産形成のためには分散投資がキーワードとなります。資産対象をグローバルに分散するだけでなく、投資のタイミングを分散させることも重要です。かつて私が社会人になった頃には、新入生の多くが財形貯蓄を勧められました。当時は預金金利が高い時代でしたが、現在の金利環境下においては、月々一定額を分散投資するような形を定着させることが重要であり、また、そのための金融経済教育が必要と考えます。

確定拠出年金は、こうした累積投資型の資産形成をするうえで役立つ制度であると考えられますが、その運用資産構成を見ますと確定給付型に比べてもさらに預貯金など元本確保型資産への偏りが見られます。欧米においては、金融教育とセットで分散型投資信託をデフォルト商品にすることにより、確定拠出年金を通じ、家計の分散投資をすすめることに成功していますが、日本においても同様のことを進めることが出来ないかとの問題意識を持っています。

NISAについても、制度的に、より積み立て型を促進することができないか、また職場積み立てNISAを職場における金融教育とセットにしつつ普及を図れないか、といった問題意識を持っています。

さらに、金融機関、特に銀行における個人の資産形成への取り組みについてです。わが国の金利は1990年代初をピークに低下傾向を継続してきましたが、銀行は、預金を獲得しさえすれば、国債に運用しても何らかの利益があがるとの状況が続いてきたため、一貫して預金の獲得とバランスシートの拡大を目指してきたように思えます。現下の金利環境下においては、さすがに銀行も、これまでの慣行の見直しを真剣に考えはじめているのではないでしょうか。

昨年末時点で日本の銀行(ゆうちょ銀行を除く)のバランスシートを全て合計すると、総資産が1000兆円強。負債サイドでは現預金が700兆円強あり、資産サイドでは国債が約100兆円、日銀預け金が約150兆円となっています。この預金と国債・預け金が両建てになっている部分、すなわち1,000兆円の4分の1に当たる250兆円は、銀行にとって全く利益を生んでいないばかりか、金利リスクに晒されたり、高いレバレッジにつながったりしています。預金者の立場からも金利がほぼゼロの中では、預金額がかつてのように増加していくことは期待できない状況です。

これまで日本の金融機関は、総じて個人投資家に対し、手数料の高い金融商品を勧め、それを回転売買し、投資による成功体験を全体として与えることが出来なかったのではないでしょうか。これが個人の預金への選好を強める一因ともなり、銀行自身の経営にも長い目で見て決してプラスの効果が出ないという皮肉な結果になっているのではないでしょうか。

昨年から180兆円弱の貯金を保有するゆうちょ銀行は、貯金獲得よりむしろ、顧客の安定的資産形成に資する投資信託の販売に力を入れるように方針を転換したように見受けられます。逆ザヤとなる可能性のある預金獲得を続けるより、手数料は少なくても顧客の安定的な資産形成に貢献し、顧客に成功体験をもたらすような商品・サービスを提供するほうが、金融機関自身の経営にとっても中長期的にプラスになると思いますがどうでしょうか。

次に、機関投資家についてですが、GPIF、ゆうちょ銀行などのバイサイドの有力投資家の質の向上は、わが国の資産運用業を発展させる大きな原動力になると考えています。

これまでこれらの投資家のアセットマネジメントに対する要求は、運用の水準よりもむしろ手数料の低さにあったのではないでしょうか?バイサイドの運用レベルが上がると、新しいアセットクラスへの投資が進むとともに、アセットマネージャーに対する要求水準も自然と高くなります。最近、世界的なアセットマネージャーやファンドのCEOがよく私に会いに来ます。皆日本に投下するリソースを増やすと言ってきます。日本に新たな拠点を置く動きも見られ、嬉しいことです。

グローバルな金融コミュニティーの一員になれる世界的なバイサイドの投資家が国内に増えることは、世界的な資産運用業者や資産管理業者の日本における活動も活発化させ、わが国の資産運用業と市場の発展につながるものと確信しています。

そうした中で、日本の資産運用業界は、こうした世界的な資産運用業者と太刀打ちできるのでしょうか?

私の今の答えはYes and Noです。働く日本人のポテンシャルは優秀だが、組織としては疑問符がつきます。

そのひとつの理由が系列にあります。これまで資産運用会社は投資信託の製造においても「お客様のためになる商品」より「系列の親会社が販売しやすく手数料を稼ぎやすい親会社のためになる商品」を作ってきていなかったでしょうか?

資産運用会社の幹部には、運用に関する知識・経験よりむしろ販売会社を頂点とするグループ全体の人事サイクルを重視した任用が行なわれてこなかったでしょうか?

よい成績をあげる優秀な運用者を正当に処遇してきたでしょうか?適切なリスクをとるインセンティブ構造が作り上げられてきたでしょうか?

スチュワードシップ・コードに基づく企業に対するエンゲージメントが系列親会社の当該企業とのビジネス関係により歪められていないでしょうか?そうした利益相反を防止するようなガバナンスが構築されているでしょうか?

私は、優秀で志の高い方が資産運用業界に数多くおられることを知っています。にもかかわらず、そうした能力をストレートに発揮できるような環境が十分にできていないように感じられますが、いかがでしょうか?

金融庁は、過去二年、金融行政の方針の中で、フィデューシャリー・デューティーに言及し、「商品開発、販売、運用、資産管理それぞれに携わる金融機関の行動が、真に顧客のためになっているか検証するとともに、この分野における民間の自主的な取り組みを支援する」と言ってきました。

こうしたメッセージに対応し、フィデューシャリー・デューティー宣言をし、自主的な取り組みを明示的に公表する会社が出てきたことを歓迎します。しかし、まだまだこの分野ではなすべきことがあるのではないかと考え、欧米の状況を調査したところ、興味深い事実を見つけましたので簡単に紹介します。

まずフィデューシャリー・デューティーの範囲の違いです。法的には、日本ではアセットマネージャーはGPIFなどのアセットオーナーに対する義務があるだけですが、米国のエリサ法では、アセットマネージャーはアセットオーナーのみならず、最終受益者である年金受益者に対しても直接義務を負っています。

第二に、欧米においては、フィデューシャリー・デューティーの概念の拡大の動きが見られます。

米国で2015年4月に公表された労働省フィデューシャリー・デューティールール案においては、退職口座を扱う証券外務員について、有償で投資助言を行う場合はフィデューシャリーであるとされ、投資家のBest interestのために行動すべきとのフィデューシャリー・デューティーが課される、との方針が示されています。

また英国で2012年に公表されたケイレビューでは、投資の意思決定に助言を行うインベストメントチェーンの全関係者にFiduciary standardを適用すべきであるとの指摘がされています。

私はこれまで、販売会社が系列の投資信託会社の作った投資信託を勧めたり、ラップ口座で運用を系列の資産運用会社が行うなどの囲い込みのような行動が、顧客のBest interestのために行動していると言えるか、といった問題意識をずっと持ってきましたが、欧米でも同様の問題意識が議論されていることを知り、勇気付けられました。

また最近、外貨建て変額保険商品の販売に関し、顧客に明示されることなく、6~7%の手数料が商品を提供する保険会社から販売会社に支払われていることが、はたして顧客のBest interestになっていると言えるか、と問題提起を行いました。それを受け手数料の透明化の議論が進んでいますが、英国においては、2012年12月に導入された”Retail Distribution Review”において、販売会社全般について、商品の提供者からのコミッションの受領を全面的に禁止し、受領できる手数料は投資家から直接支払われるフィーのみに限定されています。また欧州においてもMifid2で、Independent Financial Advisorは、運用会社等からコミッションを受領することが禁止され、投資家から直接アドバイスフィーを受け取るのみとされています。

日本においても、今述べたようなフィデューシャリー・デューティーのあり方について、今後、よりオープンな場で議論を進めて行きたいと考えています。

運用、販売、資産管理など資産運用に携わる方々が、顧客のBest interestのために行動すること、そうして、提供する商品やサービスの質を高くするための正しい競争が行なわれることは、顧客である国民のみならず、わが国市場や経済全てにとって利益となるものであり、わが国の資産運用業の大きな発展につながるものです。本日ここにおられる方々は、それを実現する能力をお持ちだと思います。それが、会社のこれまでの慣習や短期的利益などのため実現しないことは、あまりにももったいないことです。

資産運用の高度化の実現は私にとってのライフワークです。皆さんと一緒になって必ず実現させていきましょう。ご協力をよろしくお願いし、私の挨拶とさせていただきます。

(以上)

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