平成29年4月11日
金融庁
株式会社ウェッジホールディングス株式に係る偽計に対する課徴金納付命令の決定について
金融庁は、証券取引等監視委員会から(株)ウェッジホールディングス株式に係る偽計の検査結果に基づく課徴金納付命令の勧告を受け、平成25年11月1日に審判手続開始の決定(平成25年度(判)第25号金融商品取引法違反審判事件)を行い、以後審判官3名により審判手続が行われてきましたが、今般、審判官から金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)第185条の6の規定に基づき、課徴金の納付を命ずる旨の決定案が提出されたことから、下記のとおり決定(PDF:1,037KB)を行いました。
記
1 決定の内容
被審人に対し、次のとおり課徴金を国庫に納付することを命ずる。
-
(1) 納付すべき課徴金の額 金40億9605万円
-
(2) 納付期限 平成29年6月12日
2 事実及び理由の概要
-
別紙のとおり
(別紙1)
(課徴金に係る金商法第178条第1項各号に掲げる事実(以下「違反事実」という。))
被審人(A)は、(株)ウェッジホールディングス(以下「ウェッジホールディングス」という。)の役員、タイ王国に本店を置き、リゾートホテル所有法人への投資事業を業とするA.P.F.HOSPITALITY CO.,LTD(以下「ホスピタリティ社」という。)の実質的経営者、これらの各法人等により構成されるアジア・パートナーシップ・ファンド・グループ(以下「APFグループ」という。)に属するA.P.F.ホールディングス(株)(以下「APFホールディングス」という。)、明日香野ホールディングス(株)(以下「明日香野ホールディングス」という。)及び昭和ホールディングス(株)(以下「昭和ホールディングス」という。)等の役員として、APFグループにおける業務執行をしていたものであるが、昭和ホールディングス並びに自己の同族会社であるAPFホールディングス及び明日香野ホールディングスが保有しているウェッジホールディングス株式等の価格を上昇させようと企て、真実は、ウェッジホールディングスがホスピタリティ社発行の転換社債を引き受けるに当たり、同社は、タイ民商法上転換社債の発行を禁じられた会社形態であり、かつ、その払込みは、払込金額8億円に満たない資金をAPFグループ内において循環させるなどして仮装するものであることから、ウェッジホールディングスにおいて、その転換権等の行使による株式の取得や、社債の元本償還や利息支払をする資力に乏しい状態であったホスピタリティ社からの受取利息等の投資収益の増加は見込めないにもかかわらず、ウェッジホールディングス株式等の価格の上昇を図る目的をもって、平成22年3月2日から同月12日までの間、同社債の払込みを仮装する一方、同月4日、(株)東京証券取引所が提供する適時開示情報伝達システムであるTDnetにより、ウェッジホールディングスにおいて、同社債を引き受けることにより、転換権等の行使により株式取得や受取利息等の投資収益の増加が見込まれるなどの虚偽の内容を含む公表を行い、さらに、同月9日、同TDnetにより、ウェッジホールディングスにおいて、同社債の引受けによって受取利息等の投資収益が増加する見込みとなった旨の虚偽の内容の業績予想値等の公表を行い、これら一連の行為により、同社の株式等の価格を上昇させ、もって、有価証券の相場の変動を図る目的をもって、偽計を用い、当該偽計により有価証券の価格に影響を与えた。
(違反事実認定の補足説明)
第1 争点
被審人は、主として、一.違反事実記載の一連の行為が「偽計」に該当すること(以下「争点一」という。)、二.違反事実記載の違反行為を行った主体が被審人であること(以下「争点二」という。)を争っている。その他、被審人は、三.本件の「偽計…により有価証券等の価格に影響を与えた」こと(以下「争点三」という。)、四.被審人に「相場の変動を図る目的」(以下「相場変動目的」という。)があること(以下「争点四」という。)も争っているから、以下、これらの点について補足して説明する。
第2 前提となる事実
1 被審人
被審人の経歴等は以下のとおりである。
(1) 平成17年4月、タイ王国内で設立されたB社の役員に就任した。
(2) 平成19年4月、APFホールディングス、明日香野ホールディングス及びC社をそれぞれ設立し、各役員に就任した。
(3) 同年11月、タイ王国内で設立されたホスピタリティ社の役員に就任した。ただし、平成22年1月4日、同社の役員を辞任した。
(4) 平成19年12月、ウェッジホールディングスの役員に就任した。
(5) 平成20年6月、昭和ホールディングス(当時の商号は昭和ゴム(株))の役員に就任した。
(6) 同年8月、タイ王国内で設立されたD社の役員に就任した。ただし、平成22年6月頃、同社の役員から退任した。
(7) 平成22年6月、E社の役員に就任した。ただし、平成23年6月、同社の役員に係る選任決議無効の判決が確定した。
2 ウェッジホールディングス
ウェッジホールディングスに係る本件以前の状況として、以下のような事実が認められる。
(1) 平成13年、(株)ブレインナビの商号で設立された株式会社であるが、平成16年1月に大阪証券取引所(以下「大証」という。)ヘラクレス市場(現在の東京証券取引所ジャスダックグロース市場)に上場し、平成17年7月に商号を現在のものに変更した。
(2) 連結ベースで、平成17年9月期以降3期連続で当期純損失を計上していたことなどから、財務体質を強化するため、平成19年9月には明日香野ホールディングスを割当先とする第三者割当増資を、平成21年3月にはAPFホールディングスを割当先とする第三者割当増資を実施するなどした結果、APFグループの関連企業となった。
(3) その後、APFグループから調達した資金を用いて事業内容を拡大させ、タイ王国で設立されたリース事業会社を買収したほか、投資育成事業を手掛けるようにもなった。
(4) 平成20年9月期及び平成21年9月期には、連結ベースで当期純利益を計上し、同期における投資育成事業による営業利益は300万円であった。
3 APFグループの資本関係等
(1) 被審人は、平成21年12月31日時点で、APFホールディングス株式の約51.7パーセントを、明日香野ホールディングス株式の51パーセントをそれぞれ所有し、各株式の残りはいずれもB社が所有していた。
(2) APFホールディングス及び明日香野ホールディングスは、平成22年3月31日時点で、昭和ホールディングスの株式につき、それぞれ約10.6パーセント、約31.9パーセントを所有して、合計約42.5パーセントを所有し、平成21年12月31日時点で、ウェッジホールディングス株式につき、それぞれ約46.9パーセント、約12.4パーセントを所有し、昭和ホールディングスが所有する約11.2パーセント分と合わせ、合計約70.4パーセントを所有していた。
(3) B社は、平成22年3月4日時点で、ホスピタリティ社の株式約99.9パーセントを所有していた。
(4) なお、F社は、ホスピタリティ社のほぼ100パーセントの子会社である。
4 ホスピタリティ社、F社及びC社の財務状況等
(1) ホスピタリティ社について
ア ホスピタリティ社は、ホテル事業投資を基本事業としているが、同社は、平成19年12月期から3期連続で当期純損失を計上し、平成20年12月期には約1億8000万円、平成21年12月期には約2億1000万円の債務超過となっていた。また、同社の平成21年12月31日時点での現預金は、約49万円であった。
イ ホスピタリティ社が所有するF社株式のすべてにつき、銀行のF社に対する貸付債権を被担保債権とする質権が設定されていた。
(2) F社について
ア F社は、平成19年12月期から3期連続で、債務超過ではなかったものの、当期純損失を計上していた。また、同社の平成21年12月31日時点での現預金は、約1400万円であった。
イ F社は、平成22年1月1日時点で、ホスピタリティ社、G社及びH社(いずれもタイ王国内の会社)から合計約210.08百万バーツ(約5億8000万円)を借り入れていた。
ウ 上記イのほか、F社は、平成20年1月及び9月に、銀行から合計約230百万バーツを借り入れ、同社所有の土地建物に抵当権を設定するとともに、上記(1)イのとおり、ホスピタリティ社が所有するF社の全株式に質権を設定するなどした。しかしながら、同社は、平成21年12月31日時点で条件どおりの返済を行うことができておらず、上記銀行からの借入金の残金約204.79百万バーツ(約5億7000万円)について銀行から返済条件の緩和を受けながら返済を行っていた。
(3) C社について
C社は、平成19年4月に設立されて以来、平成21年12月期まで3期連続で売上高が計上されておらず、平成19年12月期は約1300万円の純損失、平成20年12月期は約6億8000万円の純損失、平成21年3月期は約5億6000万円の純損失となっていた。
また、平成19年12月期は約1000万円の債務超過、平成20年12月期は約7億円の債務超過、平成21年3月期は約12億円の債務超過となっていた。
5 ホスピタリティ社における社債の発行手続等
(1) タイ王国における法制度等
タイ王国では、同国民商法において、社債全般につき、非公開会社による発行を禁止しているが、当該禁止は、同国証券取引法により、タイ王国証券取引委員会(以下「SECT」という。)の許可を受けるなどした場合に限り、適用除外になるとされている。もっとも、転換社債については、同国資本市場管理理事会通知により、その発行体が公開会社に限定されている。また、同通知により、新株予約権の新規発行も公開会社に限定されている。
ホスピタリティ社は、タイ王国の法制度上、非公開会社に該当していたため、SECTの許可を受けるなどすれば、普通社債や仕組債を発行することは可能であったが、転換社債や新株予約権を発行することはできなかった。
(2) ホスピタリティ社における社債発行に向けた準備等
ア 平成22年2月22日頃から、被審人は、ウェッジホールディングスの役員Iや同社役員でありB社の役員でもあったJとともに、ホスピタリティ社が転換社債を発行することについて打合せを行った。
イ 同月25日、被審人及びホスピタリティ社の役員であるKは、ホスピタリティ社による海外投資家向け新規発行社債の募集承認申請書に署名し、同申請書は、他の書類と併せてSECTに提出された。
同申請書には、海外投資家に対し、募集総額8億円で無担保社債型の社債の募集を予定し、同社債の利率は年8パーセント、社債期間1年、その他支払及び条件なし、などの記載がされている一方、転換社債を募集する場合に記載が必要な事項については記載がなかった。また、併せて提出された「社債発行体および社債権者の権利義務に関する約款」案においても、当該社債の種類等に関し、無担保、転換無し、代表社債権者無し、社債発行日から1年の期限、固定利率年8.00パーセント、通貨単位日本円、全て海外投資家に対する私募などと記載されていた。
ウ 同年3月3日、SECTは、ホスピタリティ社が、同国資本市場管理理事会通知の規定(上記(1)参照)等に従うことを条件として、上記イの申請に係る社債の募集を行うことを許可した。
6 ウェッジホールディングスにおける社債引受けに係る検討等
(1) 平成22年2月25日、被審人は、ウェッジホールディングス役員のLとともに、ホスピタリティ社が発行する転換社債の引受けに係る打合せを行った。
(2) 同月26日、ウェッジホールディングスにおいて取締役会が開催され、被審人は、出席した取締役に対し、同社とホスピタリティ社の間で締結される予定であった社債の引受契約(「SUBSCRIPTION AGREEMENT」、以下「本件引受契約」という。)及びオプション契約(「This Option Agreement」、以下「本件オプション契約」という。)の各契約書の書面案を示し、Mリゾートへの投資及び関連する無担保転換社債の引受けと借入れ等について説明した。本件引受契約の契約書案には、契約内容として、社債の発行価額の上限は8億円、年利は8パーセント、利息の支払は四半期ごとなどと記載されており、本件オプション契約の契約書案には、契約内容として、ウェッジホールディングスが一定期日までに一定の金額(ただし、金額については空欄)を支払ってオプション権を行使すれば、ホスピタリティ社の新株式及び(ないし又は)F社の株式を取得することができることなどが記載されていた。
併せて、被審人は、翌々営業日である同年3月2日に臨時取締役会を開催して上記に係る議案を付議し、決議を行いたい旨の説明を行った。
(3) 同月3日午後10時46分頃、ウェッジホールディングスの各取締役等に対し、上記(2)の社債引受けの公表に係る公表文書の原案が添付された電子メールが送信されたことにより、Mリゾートに関する投資及び当該社債の引受けと借入れについて付議されたところ、翌4日までに各取締役等がいずれも承認したため、両議案につき、取締役会決議が成立した。なお、当該電子メールには、当該社債引受けに必要な8億円の資金については、APFホールディングスより、同日から同月11日を借入予定日として年利2パーセントで借り入れる予定である旨記載されていた。
(4) 同月4日、ウェッジホールディングスは、ホスピタリティ社との間で本件引受契約及び本件オプション契約を締結した。本件引受契約の契約書は、上記(2)の契約書案と概ね同内容であったが、利息の支払については、四半期ごとではなく、償還日(平成23年3月11日)に一括して支払うという内容に変わっていた(以下、同契約によりウェッジホールディングスが引き受けることとなった社債を「本件社債」という。)。他方、本件オプション契約の契約書も、上記(2)の契約書案と概ね同内容であったが、同案では空欄であったオプション権の行使金額については、8億円及び本件社債の未収利息とされていた。
7 ウェッジホールディングスによる各公表
(1) 平成22年3月4日午後6時40分頃、ウェッジホールディングスは、TDnetにより、「第三者割当による無担保転換社債の引受に関するお知らせ」と題する文書(以下「文書一」という。)及びその別紙である「当社の投資育成事業における「××××」に関する投資について」と題する文書(以下「文書二」という。)を公表し(以下「本件社債引受けの公表」という。)、同日開催された同社取締役会において、第三者割当による無担保転換社債を引き受けることを決議した旨を明らかにした(上記6(3)参照)。
上記各文書には、以下のような記載がされていた(アないしカは文書一、キないしコは文書二に記載されていた内容である。なお、「当社」はウェッジホールディングスを指している。)。
ア 本件社債は、当社の親会社であるAPFグループの傘下企業の1つであり、東南アジアにて高級リゾートであるMリゾートを保有するホスピタリティ社から発行されるもので、当社グループは、本件社債引受けにより、投資育成事業における投資収益増加を見込んでいる。
イ 今後当社が本件社債を株式転換した場合には、本件社債のオプション契約によりMリゾートの持分の40パーセントを保有することができ、同時にホスピタリティ社の株式持分の40パーセントを保有することで、同社の保有するMリゾートの株式持分の40パーセントを間接所有することになる。これにより、ホスピタリティ社の保有するMリゾートの株式持分の64パーセント(間接所有を含む)を取得し、当社グループの新たな事業に加えることができる。
ウ 当社がMリゾートを当社グループに加える権利を取得した理由は、Mリゾートを当社グループに加えることにより、日本市場において当社及び当社グループ企業との協業によるシナジーを創出し、利用者の増加による同事業の更なる収益増加が見込め、ひいては当社及び当社連結グループの業績拡大に貢献するためである。
エ 本件社債を発行するホスピタリティ社は、平成19年12月期及び平成20年12月期において、いずれも当期純損失を計上した上、更に同期は約1億8000万円の債務超過であった。
オ 本件社債の概要は以下のとおりである。
(a) 本件社債の数 40個
(b) 発行日 平成22年3月12日
(c) 額面 2000万円
(d) 利率 8パーセント
(e) 利払日 各四半期末
(f) 発行価額 8億円
(g) 償還期日 平成23年3月11日
(h) 償還方法 額面につき2000万円
(i) 取得株数 80万株
(j) 転換後発行済株式総数 180万株
(k) 取得資金 APFホールディングスからの借入金及び当社の自己資金
カ 本件社債の引受けが当社連結グループの平成22年9月期における連結業績に与える影響については現在精査中であり、重要な影響が出た場合には、速やかに開示する。
キ 当社グループの投資育成事業の一環として、ホスピタリティ社により、設備投資資金として発行された本件社債を引き受けることで、投資事業としての利回りを確保するとともに、本格的な資産譲受を検討する。
ク Mリゾートは、APFグループが保有する高級リゾートホテルであるところ、現在は、ホスピタリティ社が同社の完全子会社のF社を通じて保有・運営している。同リゾートの収益状況については設備投資と運営体制の安定化が反映し、平成21年の収益は前年比30パーセント以上と着実に増加した。また、稼働状況については、季節変動が大きく、オフシーズンに稼働率向上の余地があるが、平成20年、21年は、観光事業にとっての悪条件があったにもかかわらず稼働率が向上している。同リゾートは、投資育成事業の観点で、社債引受けに相当する充分な資産性と収益を確認できる。
ケ 本件社債引受けにより、当社グループには投資育成事業における利子収入の受取増加が見込まれるが、現在、当社グループの他事業における業績進捗状況等を精査しているため、平成22年3月中をめどに改めて業績の見通しを報告する予定である。
(2) 同月9日午後9時20分頃、ウェッジホールディングスは、TDnetにより「業績予想の修正に関するお知らせ」と題する文書を公表した(以下「本件業績修正の公表」といい、本件社債引受けの公表と併せて「本件各公表」という。)。
同文書には、平成22年9月期の第2四半期連結累計期間業績予想につき、当期純利益は、N社を連結の範囲から除外することから特別利益(関係会社株式売却益)を計上することなどにより、前回発表を1億円上回る1億60百万円を見込んでいること、同期通期の連結業績予想につき、売上高は、連結から除外される同社の売上高減少等により前回予想より下回る一方、営業利益及び経常利益は、ファイナンス事業において東南アジアで展開するオートバイローンの引受事業の収益性向上が進展していることや、投資育成事業において新たな社債引受けを行ったため今後の受取利息収益が増加する見込みとなったことなどから、いずれについても前回予想からの増加が見込まれることなどが記載されていた(営業利益は720百万円から840百万円、経常利益は700百万円から800百万円への増加。なお、当期純利益についても、250百万円から450百万円への増加)。
(3) 同月12日午後8時頃、ウェッジホールディングスは、TDnetにより、「××××との資本・業務提携に関する基本合意についてのお知らせ」と題する文書を公表し、O社とウェッジホールディングスとの間で、同社グループが東南アジアにおいて展開するファイナンス事業に関連して資本・業務提携を行うことについて基本合意が成立したことを明らかにした。
また、同時刻頃、「第三者割当による新株式の発行(金銭出資及び現物出資(デット・エクイティ・スワップ))に関するお知らせ」と題する文書を公表し、ウェッジホールディングスは、APFホールディングスとO社に対する第三者割当の方法により新株式を発行すること、新株式発行による調達予定資金の一部は、本件社債を引き受ける際に行ったAPFホールディングスからの借入れによる債務を株式化する方法(いわゆるデット・エクイティ・スワップ)によること、払込金額については同日(ウェッジホールディングスの取締役会決議日)の前営業日の取引終値2万5240円を基準に1株2万4480円(ディスカウント率3.1%)としたことなどを明らかにした。
8 関係会社間の資金移動等
(1) 資金移動の状況等
平成22年3月2日から同月12日にかけて、ウェッジホールディングスに関係する会社間において、以下のように同様の経路をたどる資金移動が合計4回行われた(以下、下記アないしエの資金移動を総称して「本件資金移動」ともいう。)。
ア 1回目の資金移動
平成22年3月2日、D社は、B社に1億5500万バーツ(約4億1914万5000円)を、同社は、同日中に、C社に4億1914万5484円を、同社は、着金した同月3日、E社に4億円を、同社は、同月4日、APFホールディングスに同額を、同社は、同日中に、ウェッジホールディングスに3億5000万円をそれぞれ送金した。
その後、ウェッジホールディングスは、同日、同社の別口座に同額を送金した後、同月5日、ホスピタリティ社に3億6000万円を送金し、同社は、同日、C社に同額を送金した。
イ 2回目の資金移動
C社は、上記アのとおり、ホスピタリティ社から送金を受けた後、同月8日、APFホールディングスに2億円を、同社は、同日中に、ウェッジホールディングスに同額を送金した。
その後、ウェッジホールディングスは、同日、同社の別口座に同額を送金した後、同日中に、ホスピタリティ社に同額の2億円を送金し、同社は、同月9日、C社に同額を送金した。
ウ 3回目の資金移動
C社は、上記イのとおり、ホスピタリティ社から送金を受けた後、同日、APFホールディングスに2億円を、同社は、同日中に、ウェッジホールディングスに同額を送金した。
その後、ウェッジホールディングスは、同日、同社の別口座に同額を送金した後、同日中に、ホスピタリティ社に同額の2億円を送金し、同社は、同月10日、C社に同額を送金した。
エ 4回目の資金移動
C社は、上記ウのとおり、ホスピタリティ社から送金を受けた後、同月11日、APFホールディングスに2億円を、同社は、同日中に、ウェッジホールディングスに同額を送金した。
その後、ウェッジホールディングスは、同日、同社の別口座に同額を送金した後、同日中に、ホスピタリティ社に4000万円を送金し、同社は、同日中に、C社に同額を送金し、同月12日、同社の口座に着金した。
(2) 本件資金移動が行われた時期の関係会社の資産状況等
ア 平成22年2月末時点で、本件の調査において判明したAPFグループと関連する会社並びに被審人及びその親族名義の預金口座の残高合計は、約5億400万円であった。
イ D社は、損害保険事業を目的として設立された会社であるところ、タイ王国の法制度上、損害保険会社は、準備金の積立てや資本金の維持等が義務付けられていたが、平成17年頃から、準備金や資本金不足等を理由に、監督当局から指導を受けていた。そのような中、同社は、タイ国債や投資信託等を売却し、それを原資として、上記(1)アのとおり、B社へ1億5500万バーツを送金した。
ウ 上記(1)のとおり資金移動がされたが、各会社の預金口座における、各送金の際の着金前残高、着金後残高、送金額、送金後残高は、別添2のとおりである。
9 本件各公表後の状況等
(1) ウェッジホールディングスの株価推移
本件各公表前後のウェッジホールディングス株式の四本値及び出来高は、別添3(PDF:519KB)のとおりである。
(2) APFホールディングスによるウェッジホールディングス株式の売却
ア APFホールディングスは、本件社債引受けの公表時点で、10万4544株のウェッジホールディングス株式と10個の新株予約権(1万8181株)を所有していた。
イ 被審人は、遅くとも平成22年3月17日頃から、P社との間で、APFホールディングスが所有しているウェッジホールディングス株式の売却について交渉を始めた。
ウ 上記イの交渉を踏まえ、同月24日、APFホールディングスとP社との間でウェッジホールディングス株式の売買について、以下の内容の契約が締結された。
(a) 同月25日以降から売買を開始し、購入株数は、平均売買高の10ないし40パーセントの株数の中から、購入者であるP社が日々決定する。
(b) P社は、日々の出来高加重平均価格から一定割合を値引きした値段で買う。
(c) 出来高加重平均価格の下限(フロアー価格)は2万6330円であるところ、当該価格を下回れば、原則として売買は行われないが、P社が購入する権利は留保される。
(d) APFホールディングスは、フロアー価格を引き下げる権利を有しているが、書面による同意がない限り、当該価格は2万円を下回らないものとする。
(e) APFホールディングスは、最大5万株までのウェッジホールディングス株式をP社に売却することとされているが、同年4月30日、もしくはP社が2万株購入した時点のいずれか早い時点で、双方とも当該契約を終了させる権利を有している。
エ 同年3月26日から同年5月6日にかけて、APFホールディングスは、P社に対し、ウェッジホールディングス株式合計3070株を売却し(約定価格約2万円ないし約2万5000円)、約6466万円の売却代金を得た。
(3) 明日香野ホールディングスによるウェッジホールディングス株式の売却
ア 明日香野ホールディングスは、本件社債引受けの公表時点で、2万7590株のウェッジホールディングス株式を所有していた。
イ 被審人は、遅くとも平成22年3月頃から、Q社との間で、明日香野ホールディングスが所有しているウェッジホールディングス株式の売却について交渉を始め、同年4月6日、明日香野ホールディングスとQ社との間でウェッジホールディングス株式の売買について、以下の内容の契約が締結された。
(a) 明日香野ホールディングスは、Q社に対し、原則として1万株を売り渡す。
(b) 両社で合意した日から連続した20日間以内で売買を行い、Q社は、日々の引け最良買い気配値の93パーセント又は2万円のいずれか高い金額で最低500株を購入する。
(c) 引け最良買い気配値が2万1505円を下回るなどした場合は、原則として売買は行われない。
ウ 同年4月8日から同年5月6日にかけて、明日香野ホールディングスは、Q社に対し、ウェッジホールディングス株式合計7395株を売却し(約定価格約1万8000円ないし約2万円)、約1億4586万円の売却代金を得た。
(4) 昭和ホールディングスにおける会計処理の状況等
ア 昭和ホールディングスは、昭和12年、ゴム製品の製造販売等を目的として昭和ゴム(株)の商号で設立された株式会社であるが、平成18年3月期以降4期連続で、連結ベースで当期純損失を計上していた。
平成20年6月、同社は、明日香野ホールディングスを割当先とする第三者割当増資を実施したほか、被審人を役員として経営に加えるなどし、APFグループの関連企業となった。
平成21年6月、同社は、策定した中期経営計画を公表したが、同計画は、APFグループの支援を受けて経営再構築を進めているところ、平成22年3月期には赤字から脱却し、その翌期以降には利益を出すというものであった。
イ 昭和ホールディングスは、売買目的有価証券としてウェッジホールディングス株式2万5000株を所有していたが、その一部を市場で売却し(なお、平成22年3月5日及び同月9日に売却した分も含む。)、約2400万円の売却代金を得た。
また、昭和ホールディングスは、平成22年3月当時、ウェッジホールディングス株式が取得価格の倍以上の価格で推移していたことなどから、保有していた約2万3000株の同株式につき、約4億円の有価証券評価益を計上することとし、上記の有価証券売却益を計上することとともに、同年4月5日に公表した。
ウ 昭和ホールディングスは、平成22年3月期決算において、約1億5000万円の経常利益及び当期純利益をそれぞれ計上したが、その要因について、同期の有価証券報告書には「APFグループの協力を得て受取利息の増加、有価証券の評価益の計上により営業外収益が増加し」たことによる旨記載した。この点、同有価証券報告書中の連結損益計算書には、有価証券売却益として6280万4000円が、有価証券評価益として4億1050万2000円がそれぞれ計上されている。
10 本件社債引受け後の経緯等
(1) 本件社債の取扱いに係る公表
平成23年3月30日、ウェッジホールディングスは、本件社債の取扱いにつき、本件社債の償還期日到来に伴い、Mリゾートの経営状況と資産状況を考慮した結果、同リゾートの価値向上に注力するべく、株主持分を取得することとしたことや、円滑な株式取得及び同リゾート保有による経済的価値を最大化することを目指してホスピタリティ社と協議した結果、本件オプション契約に基づくオプション権の行使をせず、本件社債の償還資金を原資の一部として、F社株式の40パーセントと、同社の親会社として新たに設立されたR社の発行する優先株式を取得することとしたことなどを公表した。
その後、同年4月22日、ウェッジホールディングスは、F社の発行済株式の40パーセント及びR社の発行済優先株式の40パーセントをそれぞれ取得した。
(2) SECTによる報告徴求等
ア SECTは、上記5(2)イ及びウのとおり、ホスピタリティ社に対し、平成22年3月3日付けで転換権のない普通社債の前提で募集許可をしているところ、事後的に本件オプション契約が存在することを認識し、平成23年7月5日付けで、同社に対し、社債の募集許可申請時等において本件オプション契約をSECTに提出しなかったことにつき報告を求めた。
イ 上記アに対し、ホスピタリティ社は、同月12日から平成24年12月24日にかけて、SECTに対し、本件オプション契約に係る契約書等を送付するとともに、同契約に関する情報を故意に通知しなかった、又は隠匿したわけではなく、通知義務があることを知らなかっただけであるなどと説明した。
ウ 平成25年1月7日、SECTは、ホスピタリティ社に対し、同社が行ったウェッジホールディングスに対する本件社債の募集は、海外投資家に対する転換社債及び仕組債の無許可募集に該当し、タイ王国の法律に違反するものであると判断する一方、ホスピタリティ社がSECTの依頼を無視することなく対応したことなどから、同社に法律違反をする意図があったものとは認定しないこと、同社が本件社債募集を、1名の海外投資家に対してのみ行っていたことから、広範囲の投資家に対する影響があったものとは判断しないこと、今後は社債募集に関する法律基準に厳密に従い、注意を払って業務を遂行するよう勧告することなどを通知した。
第3 争点一(偽計該当性)について
1 偽計の意義等について
金商法第158条にいう「偽計」とは、他人に錯誤を生じさせる詐欺的ないし不公正な策略、手段のことをいうと解される。
そして、「偽計」に該当するか否かは、法が「有価証券の発行及び金融商品等の取引等を公正に」することで「国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資すること」をその目的としている(金商法第1条)ことからすれば、具体的に問題となる行為が投資者の投資判断を誤らせて市場の公正を害するおそれがあるかどうかという観点から判断するべきである。
2 本件各公表についての検討
上記1のとおり、「偽計」に該当するか否かは、具体的に問題となる行為が投資者の投資判断を誤らせて市場の公正を害するおそれがあるかどうかという観点から判断するべきであることから、以下では、投資者は、本件各公表で公表された内容をどのようなものと理解するか検討した上、投資者が理解した内容と実態にいかなる齟齬があり、その齟齬によって投資者が投資判断を誤るか否かという観点から検討していく。
(1) 本件社債の法的問題点等について
ア 投資者が理解する本件各公表の内容等
(a) まず、本件社債引受けの公表(上記第2の7(1))において、ウェッジホールディングスは、本件社債が無担保転換社債であることを前提に、ホスピタリティ社から発行される本件社債を引き受けること(同ア)、本件社債を株式転換した場合は、ホスピタリティ社が保有するMリゾートの持分の64パーセントを取得すること(同イ)、本件社債の発行期日は平成22年3月12日、発行価額は8億円であり、APFホールディングスからの借入金及び自己資金を取得資金とすること(同オ)などを公表している。一方、同公表には、特段、本件社債に係る適法性や払込みが実行されることに疑問を抱かせるような記載は認められない。
かかる公表内容を見た投資者は、本件社債が適法に発行される転換社債であることを前提として、ウェッジホールディングスにおいて、期日までに実際に発行価額である8億円の払込みを行った上で、本件社債を取得することを予定しており、また、その後に転換権を行使することにより、ホスピタリティ社が保有するMリゾートの持分を取得できる権利を得られると理解するものといえる。
(b) また、本件業績修正の公表(上記第2の7(2))において、ウェッジホールディングスは、業績予想の修正の理由の一つとして「投資育成事業において新たな社債引受けを行ったことから今後の受取利息収益が増加する見込みとなったこと」を挙げている。
かかる公表も実際に払込みを行って本件社債を取得することを前提としたものであるから、公表内容を見た投資者は、同公表によっても同社が払込みを行って本件社債を取得すると理解するものといえる。
イ 本件各公表内容に係る実態等
(a) 本件社債の法的問題点
本件社債を発行したホスピタリティ社は、タイ王国の法制度上、非公開会社に該当するところ、非公開会社が転換社債を発行することは、タイ王国の法律等によって禁じられていたのであるから(上記第2の5(1))、同社が転換社債を発行することは違法であったと認められる。このことは、事後的に、SECTによって、本件社債の募集は、転換社債等の無許可募集に該当する違法なものである旨判断されていることからも裏付けられている(上記第2の10(2)ウ)。
そうすると、本件社債は適法に発行される転換社債であるとの投資者の認識と上記実態との間には、齟齬があったといえる。
なお、指定職員は、本件社債の発行は無効とするべきであり、少なくともSECTから無効と指摘されるおそれが極めて高かったと主張するが、タイ王国の法律上、転換社債の発行を禁じられた会社が普通社債の発行許可を受けて発行したものの、実質的には転換社債と評価される社債が、普通社債としての効力までも否定され、無効と判断されるものであるのかは、指定職員が提出した証拠によっても様々な解釈の余地があるというべきで、SECTにおいても、本件社債の募集が無効とまでは判断していない(上記第2の10(2)ウ参照)。これらの点に鑑みれば、本件社債の発行が無効であるとも、SECTから無効と指摘されるおそれが極めて高かったとも認められない。そうすると、タイ王国の法令において、ウェッジホールディングスが本件社債を引き受けて利息収入を得る権利等を得る余地がなかったとは断定できない。
(b) 本件社債の払込みに係る問題点
平成22年3月5日から同月11日にかけて、ウェッジホールディングス名義の口座からホスピタリティ社名義の口座に対して、形式的には4回に分けて合計8億円が送金されているが(別添1の資金フロー7、12、17、22)、同社に送金された資金は、ウェッジホールディングスから送金された日ないしその翌日にはC社名義の口座に送金する手続がされている(上記第2の8(1))。また、本件以前のホスピタリティ社の財務状況(上記第2の4(1))に加え、上記4回の各送金時のホスピタリティ社の預金口座におけるウェッジホールディングスからの着金前の残高及び着金後の残高、C社への送金額及び送金後の残高(同8(2)ウ)からすると、ホスピタリティ社は、ウェッジホールディングスからの送金がなければC社へ送金できる財務状況にはなく、ウェッジホールディングスから送金された資金をそのままC社に送金していたと認められる。さらに、上記ホスピタリティ社の4回の送金以外の送金についても、各社は、直前に送金された資金をそのまま直後の送金に回していた状況が見て取れる。
以上からすれば、4回に分けてホスピタリティ社に送金された資金は、ホスピタリティ社に払い込まれた後、直ぐに送金され、その資金が他社の介在を経て再度同社へ送金されるということが繰り返されたものであって、同社の資金実需を伴う事業に用いられていなかったことは明らかというべきであるから、ウェッジホールディングスからホスピタリティ社に対して実態を伴う8億円の払込みが実行されたとは認められない。
そして、本件資金移動は、同年3月2日にD社からB社へ155百万バーツが送金されたところから始まり、同月12日までの11日間の間に実行されているところ(上記第2の8(1))、当時のAPFグループの財務状況(上記第2の4(1)、同8(2)ア及びイ参照)やあらかじめ入念な計画を立てなければ当該短期間のうちに多数回にわたる多額の資金移動の実行は困難であるという状況からすると、遅くとも同月2日の時点で、8億円に満たない資金をAPFグループの会社間で繰り返し移動させることで、ウェッジホールディングスからホスピタリティ社に8億円が払い込まれたように装うことが予定されていたというべきである。
したがって、本件各公表後に本件のような資金移動をすることになったわけではなく、本件各公表時点において、既にかかる資金移動をすることが計画されていたといえるから、ウェッジホールディングスからホスピタリティ社に対して実際に8億円が払い込まれるとの投資者が理解した内容と上記実態との間には、齟齬があったといえる。
ウ 偽計該当性の検討
上記イのとおり、本件各公表により、本件社債の適法性(同(a))及び払込み(同(b))に関して投資者が理解した内容と実態との間に齟齬があったと認められるところ、これらは適法に本件社債が発行されるとの前提及び本件社債について実際に払込みを行うことが予定されているかという本件各公表における社債発行の基礎をなす部分に係る齟齬であり、投資者が真実を知ったならば、当然、投資判断を変更するものといえる。
よって、上記アの各公表を行ったことは、他人に錯誤を生じさせる詐欺的ないし不公正な策略、手段といえ、偽計に該当する。
(2) 事業収益の拡大見込み等について
ア 投資者が理解する本件各公表の内容等
(a) 本件社債引受けの公表(上記第2の7(1))の文書一において、ウェッジホールディングスは、Mリゾートを保有するホスピタリティ社から発行される本件社債の引受けにより、投資育成事業における投資収益の増加を見込んでいること(同ア)、本件社債を株式転換した場合は、ホスピタリティ社が保有するMリゾートの持分の64パーセントを取得すること(同イ)、ウェッジホールディングスが同社グループにMリゾートを加える権利を取得したのは、同社等の業績拡大に貢献するためであること(同ウ)、本件社債引受けにより、四半期ごとに利息が支払われること(同オ(e))などを公表した。
また、同公表の文書二において、ウェッジホールディングスは、当社グループの投資育成事業の一環として、ホスピタリティ社により、設備投資資金として発行された本件社債を引き受けることで、投資事業としての利回りを確保するとともに、本格的な資産譲渡を検討すること(同キ)、Mリゾートの収益は増加傾向にある上、稼働率も向上しており、同リゾートは、投資育成事業の観点で、社債引受けに相当する十分な資産性と収益を確認できること(同ク)、本件社債引受けにより、同社グループには投資育成事業における利子収入の増加が見込まれること(同ケ)などを公表した。
かかる公表内容を見た投資者は、(あ)ウェッジホールディングスが、Mリゾートを保有するホスピタリティ社により発行された本件社債を引き受けることで、転換権を行使して十分な資産性と収益を確認できる同リゾートの持分を取得し、同リゾートを事業に加えることができ、それにより投資育成事業における投資収益の増加等が見込めるほか、(い)本件社債の元本が償還されることは当然として、更に四半期ごとに利息が得られ、利息収入の増加も見込めると理解するものといえる。
(b) また、本件業績修正の公表(上記第2の7(2))において、業績予想の修正の理由の一つとして「投資育成事業において新たな社債引受けを行ったことから今後の受取利息収益が増加する見込みとなったこと」を挙げているところ、かかる公表も、公表内容を見た投資者をして、より上記(あ)及び(い)の各点の理解を補強させることにつながるものといえる。
イ 本件各公表内容に係る実態等
(a) (あ)について
(あ)の内容は、ウェッジホールディングスが払込みを行って本件社債を取得することを前提として、転換権を行使して、Mリゾートを事業に加えれば、投資収益の増加等が見込めるというものであるところ、上記(1)イ(b)のとおり、遅くとも平成22年3月2日の時点で、8億円に満たない資金をAPFグループの会社間で繰り返し移動させることで、同社からホスピタリティ社に8億円が払い込まれたように装うことが予定されていたと認められることからすると、当初より、投資者が(あ)のとおり理解した手法でMリゾートを事業に加えることは計画されていなかったというべきである。その後、ウェッジホールディングスは、平成23年3月30日、本件社債に基づく転換権行使ではない手法により、Mリゾートの持分を取得することとしたことなどを公表し、同年4月22日、F社及びR社の各株式を取得するに至っている(上記第2の10(1))。
以上からすると、ウェッジホールディングスにおいて、本件各公表時点で同リゾートを事業に加えることを計画していた可能性があったこと自体は否定できないとしても、本件社債の取得に係る投資行動とは時期等において異なる投資行動により同リゾートを事業に加えたものであって、少なくとも同リゾートを事業に加える手法について、本件各公表により投資者が理解した内容と実態との間に齟齬があったといえる。
(b) (い)について
(い)の内容は、ウェッジホールディングスが払込みを行って本件社債を取得することを前提として、四半期ごとに利息が得られ、利息収入の増加も見込めるというものであるところ、上記(1)イ(a)のとおり、タイ王国の法律規定だけから直ちに同社が利息債権を取得できないとまでは認定できないものの、同(b)のとおり、同社が実態を伴う8億円の払込みを実行したとは認められない上、本件各公表以前にホスピタリティ社が継続して純損失を計上し、かつ債務超過状態であり、手元資金もほぼ枯渇していた(上記第2の4(1))ため、同社は、社債の元本償還や利息支払をする資力に乏しかったと認められることからすれば、ウェッジホールディングスがホスピタリティ社から元本の償還を受けることも、利息収入を得ることも、現実的には見込めない状況だったと評価せざるを得ない。また、本件引受契約によれば、利息の支払は償還日に一括して支払うこととされており(上記第2の6(4))、各四半期末に支払うというものではなかった。
以上からすれば、本件社債につき、そもそも元本の償還及び利息収入が現実的に見込まれていたかという点でも、利息の支払時期の点でも、投資者が理解した内容と実態との間に齟齬があったといえる。
ウ 偽計該当性の検討
上記イのとおり、本件各公表により、ウェッジホールディングスがMリゾートを事業に加える手法(同(a))及び利息収入を得られる見込み及び時期(同(b))に関して投資者が理解した内容と実態との間に齟齬があったと認められるところ、これらは、投資育成事業を営んでいたウェッジホールディングス(上記第2の2(3))における事業内容そのものや当該事業から得られる収益の見込みといった同社を評価する上で不可欠な重要事項に係る齟齬というべきものであり、投資者が真実を知ったならば、当然、投資判断を変更するものといえる。
よって、上記アの各公表を行ったことは、他人に錯誤を生じさせる詐欺的ないし不公正な策略、手段といえ、偽計に該当する。
3 本件資金移動についての検討
平成22年3月4日にウェッジホールディングスが本件社債を引き受けることなどを公表する本件社債引受けの公表がされ(上記第2の7(1))、同月9日に本件社債の引受け等を理由として業績が上昇する予想であることなどを公表する本件業績修正の公表がされており(同(2))、いずれも本件社債に関する言及がされているところ、本件資金移動は、これらの公表がされた日を含む同月2日から同月12日(本件社債の発行日)にかけて、本件社債の払込みがされたように装うために、8億円に満たない資金がAPFグループの会社間で繰り返し移動されたものと評価できる(上記2(1)イ(b))。
このような経緯、とりわけ本件社債引受けの公表の前から本件資金移動が行われていたという経緯からすれば、本件資金移動が開始された段階で、本件社債引受けの公表をすることが計画されていたとみるべきであるし、更に本件社債引受けによる受取利息の増加等を踏まえてされた本件業績修正の公表までも計画されていたとみるのが合理的である。
そうすると、本件各公表と本件資金移動は、切り離して考えられるものではなく、むしろ本件社債引受けにあたって当初より一連のものとして計画されていたことが推認されるというべきである。
そして、上記2で検討したとおり、本件各公表により、本件社債に係る払込み(上記2(1))並びにウェッジホールディングスがMリゾートを事業に加える手法及び利息収入を得られる見込み等(上記2(2))に関して投資者が理解した内容と実態との間に齟齬が生じたとの評価も、本件社債引受けの公表にあるようにAPFホールディングスからの借入金及びウェッジホールディングスの自己資金を原資として、同社からホスピタリティ社へ8億円が払い込まれたわけではなく、本件資金移動により払込みが仮装されたことが主たる要因となっている。
以上からすれば、本件において、本件資金移動は、投資者に錯誤を生じさせるために不可欠の行為であったというべきであり、他人に錯誤を生じさせる詐欺的ないし不公正な策略、手段といえ、偽計に該当する。
4 結論
以上より、本件各公表及び本件資金移動は、「偽計」に該当するものと認められる。
第5 争点二(被審人の主体性)について
1 認定事実
(1) Sの供述内容
Sは、各質問調書において、本件資金移動の状況等に関し、以下のような供述をしている。
ア Sが従事していた業務について
Sは、平成21年2月頃から平成22年6月下旬頃までの間、C社やAPFホールディングス等、APFグループ関連企業の日本法人名義の銀行口座に係る入出金手続を含む資金管理を行っていた。
イ 1回目の資金移動について
(a) 平成22年3月3日午前中、被審人は、Sに対し、電話で「タイから着金したか」「まだ着金しないのか」「T銀行に確認しろ」「タイから送金したトランスファーフォームをPDFで送るから、T銀行に交渉してこい」などと伝えた。
(b) Sが部下のUに対し、タイからC社名義の口座への入金の有無の確認を依頼したところ、同人からSに対し、同日午前9時33分頃、「外為センターに確認しましたところ、現在はまだ着金されていないようです。」などという内容のメールが送信された。その後、Sは、被審人に対し、着金が未了である旨電話で伝えたところ、被審人から「タイからは既に送金しているんだ」「なぜ、まだ着金していないんだ」などと言われた。
(c) 被審人は、Sに対し、同日午前10時18分頃、トランスファーフォーム(送金指示書)に関するPDFファイル(同月2日付けでB社名義の口座からC社名義の口座に約1億5500万バーツを送金する手続が取られた旨が記載されたもの。)を添付した上「これがトランスファーフォーム。」「押してくれ。」という内容のメールを送信した。
(d) Sは、同月3日午前11時13分頃、被審人からの電話での指示内容等に従い、Uに対して、以下のような内容のメールを送信し、その後、Uと振込手続の事務に係るやり取りをメールで行った。
「3月3日処理
一.C社→E社 4億貸付(4億着金後E社の残高証明発行)
3月4日処理
二.E社→APFホールディングス(松原)4億貸付
3月4日処理
三.APFホールディングス(松原)→ウェッジホールディングス4億
貸付
金額が大きいから全て承認前に一度見せて」
(e) 同日午後0時30分頃、Sは、被審人に対し、件名に「海外入金着金しました。」、本文に上記(d)とほぼ同内容(なお、一.に関し「残高証明書は5日の金曜日にもらえます。」との内容が加わっている。)を各記載したメールを送信した。
(f) 同日午後0時33分頃、Uは、Sの指示に基づき、C社名義の口座からE社名義の口座に4億円を送金した。
(g) 同日午後1時6分頃、Sは、被審人に対し「確認ですが」「明日、3月4日のウェッジへのAPFホールディングス(松原)4億貸付処理は日本のAPFホールディングスからの貸付で宜しいでしょうか?」などという内容のメールを送信したところ、同日午後1時8分頃、被審人から「そうです、金額は変更あるかもしれません。」という内容の返信が来たため、Sはその内容をUにもメールで伝えた。
(h) 同月4日午前9時14分頃、Sは、被審人の指示に基づき(ただし、下記四.については、直接的には被審人の親族の指示による。)、Uに対して、以下のような内容のメールを送信した。
「一.E社→ホールディングス4億円貸付(確定)完了
二.ホールディングス→C社5千万円貸付(確定)完了
三.ホールディングス→ウェッジT銀行3,5億円貸付(確定) 完了
四.C社→・B社××××3,200万円海外送金(確定) 完了」
(i) Uは、上記(h)のSからの指示どおり、同日午前9時31分頃、E社名義の口座からAPFホールディングス名義の口座へ4億円送金した後、同日午前10時20分頃、APFホールディングス名義の口座からウェッジホールディングス名義のT銀行の口座へ3億5000万円を送金した。
ウ 2回目の資金移動について
(a) 平成22年3月8日午前9時23分頃、被審人は、Sに対し、同月5日付けでホスピタリティ社名義の口座からC社名義の口座へ3億6000万円を送金する手続を行ったという内容の送金指示書を添付した上「銀行押してくれ。」「先週三億六千万送ったから。」「またウェッジ行くから。」「今回は二億。後は支払いに当てるから。」「今回送金してくれ。」という内容のメールを送信したところ、Sは、同日午前9時46分頃、当該メールをUに転送した。
(b) その後、Sは、被審人からAPFホールディングス名義の口座を経由してウェッジホールディングス名義の口座へ送金するよう指示されたため、その旨、Uにも伝えた。また、同日午後0時46分頃、Sは、Uに対し、被審人ないしLからの指示に基づき「本日ホールディングスからウェッジへの貸付、予定通り二億円進めて。T銀行で。」という内容のメールを送信した。
(c) Uは、上記(b)のSからの指示どおり、同日午後1時40分頃、C社名義の口座からAPFホールディングス名義の口座へ2億円送金した後、同日午後1時43分頃、APFホールディングス名義の口座からウェッジホールディングス名義のT銀行の口座へ2億円を送金した。
(d) 同日午後1時47分頃、Uは、Sに対し「外国被仕向送金の入金確認」「C社よりホールディングスへ貸付」「ホールディングスよりウェッジT銀行へ貸付」「200,000,000で処理しております。」などという内容のメールを送信した。
(e) 同日午後1時53分頃、Sは、被審人からの指示に基づき、Lに対し「本日APFより貸付二億円処理しました。」などという内容のメールを送信した。
エ 3回目の資金移動について
(a) 平成22年3月9日午前11時55分頃、Sは、被審人から、同月9日付けでホスピタリティ社名義の口座からC社名義の口座へ2億円を送金する手続を行ったという内容の送金指示書が添付されたメールが届いたことから、被審人に指示内容を確認するために電話をしたところ、被審人から、当該2億円をAPFホールディングス名義の口座を経由させ、その日のうちに貸付金名目でウェッジホールディングス名義の口座へ送金するよう指示された。
(b) Sは、Uに指示するなどして、上記(a)の被審人からの指示どおり、同日午後0時47分頃、C社名義の口座からAPFホールディングス名義の口座へ2億円送金した後、同日午後0時50分頃、APFホールディングス名義の口座からウェッジホールディングス名義のT銀行の口座へ2億円を送金した。
(c) Sは、Lに対し、同日午後0時50分頃「貸付二億円実行しました」などという内容のメールを送信した後、この貸付けが被審人からの指示であることを伝えるため、更に同日午後1時19分頃「本日は先ほどの分指示を受けております」という内容のメールを送信した。また、Sは、被審人に対し、同日午後5時55分頃、「入金報告0309」という件名で本日の外国入金が2億円であることやC社やAPFホールディングス等の口座残高等について報告するメールを送信した。
オ 4回目の資金移動について
(a) 平成22年3月10日午後5時32分頃、Uは、Sに対し、本日の入金として海外被仕向送金が2億円であったことやC社の口座残高が約2億1000万円であったこと(それ以外に挙げられている会社の口座残高は合計約1300万円)等を報告するメールを送信し、同日午後10時38分頃、Sは、被審人に対し、同内容が含まれたメールを送信した。
(b) 同月11日午後0時15分頃、被審人は、Sに対し「二億、ウェッジに行ってくれ。」という内容のメールを送信し、同日午後0時16分頃、Sは、Uに対し「ウェッジに行ってくれ。」という内容のメールを送信した。
(c) Sは、Uに指示するなどして、上記(b)などの被審人からの指示どおり、同日午後0時19分頃、C社名義の口座からAPFホールディングス名義の口座へ2億円送金した後、同日午後0時21分頃、APFホールディングス名義の口座からウェッジホールディングス名義のT銀行の口座へ2億円を送金した。
(d) 同日午後0時23分頃、Uは、Sに対し「C社→ホールディングス→ウェッジT銀行へ」「2億送金完了いたしました。」という内容のメールを送信し、同日午後0時31分頃、Sは、3回目の資金移動のときと同様、Lに対し「2億円」という件名で「貸付完了しております。」という内容のメールを送信して、資金移動の報告を行った。
(2) S供述の信用性について
上記(1)のSの供述は、メールや銀行の振込明細記録等の客観的証拠と整合していることなどから、信用できるものである(他方、被審人は、特段、S供述の信用性を否定する事情等を主張していない。)。
(3) 小括
以上より、上記(1)のアないしオの各事実が認められる。
2 本件違反行為の主体が被審人であるか
上記第3のとおり、本件違反行為は、本件各公表及び本件資金移動であり、これらは本件社債引受けにあたって当初より一連のものとして計画されていたことが推認されるものである。これを前提として、以下では、本件違反行為を行った主体について検討していく。
(1) 本件資金移動について
上記1で認定した事実によれば、本件資金移動に係る振込手続自体は、Sや同人の指示を受けたUが行っていたが、各手続を行うにあたっては、逐一、被審人から指示を受け、その指示どおりに手続が行われていたことがうかがえる。
そして、本件資金移動は、上記第3の2(1)イ(b)のとおり、入念な計画を立てて実行されたものといえるところ、上記1のとおりSらに指示して各送金を行わせていた被審人は、本件資金移動全体の流れを当然把握していたというべきである。
それに加え、被審人は、本件資金移動当時、ウェッジホールディングスの役員であった(上記第2の1(4))ほか、本件資金移動に関与した会社のうち、少なくともD社の役員(同(6))、C社及びAPFホールディングスの各役員の地位にあった(同(2))ことからすれば、これらの会社を本件資金移動に関与させ得る地位にあったといえ、被審人がこのような地位にあったからこそ上記1の指示による本件資金移動が実現できたといえるから、本件資金移動の計画をしたのは被審人であることが推認される。
以上からすれば、本件違反行為の一部を構成する本件資金移動につき、被審人が計画したことが推認され、これをSらに指示して実現させたと認められる上、関係各証拠に照らしても、被審人以上に本件資金移動に関与した者はうかがえないから、本件資金移動は、被審人を主体として実行されたものと認められる。
(2) 本件各公表について
上記のとおり、本件各公表及び本件資金移動は、本件社債引受けにあたって当初より一連のものとして計画されていたことが推認されることからすれば、上記(1)のとおり本件資金移動の計画及び実現を行った被審人は、ウェッジホールディングスにおいて、本件各公表を行った主体と評価するべきであるが、このことは以下の点からも裏付けられる。
ア 本件社債発行に係る被審人の関与
被審人は、平成22年2月22日頃から、IやJとともに、ホスピタリティ社が転換社債を発行することについて打合せを行い(上記第2の5(2)ア)、同月25日付けでホスピタリティ社がSECTに対して提出した新規発行社債の募集承認申請書に署名している(同イ)。これは、本件社債の発行側の手続への被審人の関与を示す事情である。
また、被審人は、同日、Lとともにホスピタリティ社が発行する転換社債をウェッジホールディングスが引き受けることについて打合せを行い(上記第2の6(1))、翌26日の同社取締役会において、本件引受契約及び本件オプション契約の各契約書の書面案を示し、Mリゾートへの投資及び関連する無担保転換社債の引受けと借入れ等について説明したほか、翌々営業日である同年3月2日に臨時取締役会を開催してこの件について決議を行いたい旨の説明を行っている(同(2))。これは、本件社債の引受側の手続にも関与していたことを示す事情である。
以上のとおり、被審人は、本件社債の発行側と引受側のどちらの手続にも関与していると認められるところ、関係各証拠に照らしても、被審人以上に両手続に関与し得る人物は見当たらない。このように、被審人が本件社債の発行側の手続に関与した後、ウェッジホールディングスの役員として、同社取締役会において、自ら上記のような説明を行っていることも併せ考慮すれば、本件社債発行手続に主体的に関与したと評価できる。
そして、このように、被審人が本件社債発行手続に主体的に関与していたことは、本件社債をウェッジホールディングスが引き受けることを明らかにする公表(本件社債引受けの公表)だけではなく、本件社債引受けによる受取利息の増加見込み等を踏まえてされた本件業績修正の公表についても、その行為主体を被審人とする評価を裏付けるものである。
イ 本件各公表後の株式売却への被審人の関与
被審人は、本件各公表前後から、役員の地位にあったAPFホールディングスや明日香野ホールディングス(上記第2の1(2))において、両社が所有していたウェッジホールディングス株式等につき、P社やQ社に対して売却する交渉を始め、同月24日、APFホールディングスとP社間で、同年4月6日、明日香野ホールディングスとQ社との間で同株式売却に関する契約がそれぞれ締結され、実際に、同年5月6日までの間に同株式は当該契約に基づいて売却された(上記第2の9(2)及び(3))。また、被審人が役員を務めていた昭和ホールディングスにおいて(上記第2の1(5))は、平成18年3月期以降4期連続で連結ベースで当期純損失を計上していた(上記第2の9(4)ア)ところ、本件各公表後に同株式の株価が上昇したこと(上記第2の9(1))などから、平成22年3月期決算において、同株式につき、有価証券売却益及び有価証券評価益を計上している(同(4)イ及びウ)。
このような被審人が役員の地位にあった各社の株式売却に係る行動や、被審人が役員を務めている昭和ホールディングスにおける会計処理からすれば、被審人において、本件各公表を行った頃、同株式の株価上昇に関心を持っていたことが推認されるというべきである。
そして、本件各公表がなされてはじめて投資者が好感触を抱くような材料が市場に提供されるものであることからすれば、被審人において、本件各公表についても主体的に行う動機があったことがうかがわれるものであって、上記アと相俟って、その行為主体を被審人とする評価を裏付けるものである。
ウ 小括
以上より、本件各公表についても、被審人を主体として実行されたものと認められる。
3 結論
以上より、本件違反行為は、被審人を主体として行われたものであると認められる。
第5 争点三(偽計による有価証券の価格への影響)について
1 偽計によりウェッジホールディングス株式の価格への影響が認められるか
(1) 法の解釈等について
金商法第173条第1項は、「偽計…により有価証券等の価格に影響を与えた者」に課徴金を課す旨規定するところ、同条の改正の経緯も踏まえると、当該規定は、多種多様な要因により個別銘柄の相場が変動する金融・資本市場においては、ある違反行為が相場を変動させたという因果関係の立証は通常困難であることから、課徴金により偽計行為の抑止を充分に図るため、偽計行為と相場変動との因果関係ではなく、偽計行為による有価証券等の価格への影響を要件としたものと解される。
したがって、本件においても、偽計行為と相場変動との間の因果関係が認められることまでは不要であって、偽計行為によって株価への影響があったことが認められれば足りるというべきである。
(2) 本件についての検討
本件違反行為は、上記第3でも検討したとおり、それ自体が投資者の投資判断に影響を与えるものであって、株価への影響を与え得るものというべきである。
そして、本件違反行為前後のウェッジホールディングス株式の四本値をみると(上記第2の9(1))、同株式の株価が上昇していることは明らかであるから、本件の偽計行為により同株式の株価への影響があったといえる。
2 結論
以上からすれば、本件偽計行為によりウェッジホールディングス株式の価格への影響があったと認められる。
第6 争点四(相場変動目的)について
1 認定事実
相場変動目的の有無の判断に関係する事実として、以下の各事実が認められる。
(1) Sは、被審人に対し、平成22年3月15日、「APFホールディングス保有のウェッジ株ですが」「売却する場合平均法を取りますので1株約1万円です。」「売却価格4万円としてして(ママ)売却益が3万円出ます。」などと、同月16日「APFホールディングスによるウェッジ株売却の件ですが」「1株4万円で売却したとすれば11,000株程度は売却しても法人税は発生しません。」などという内容のメールをそれぞれ送信した。
(2) 被審人は、親族に対し、同月17日、「金がないな~」、「株売って金回るわな。」、同月24日「四万株から五万裁けそうやな。」、同月25日「早めに株売って下村(ママ)買って債権で金集めせなあかんな。」などという内容のメールをそれぞれ送信した。
2 相場変動目的が認められるか
(1) まず、これまで検討したとおり、被審人は、自ら指示をしてSらに本件資金移動を行わせるなどしながら、本件各公表内容と異なる実態を作出した上、投資者に対して、好材料を提供する内容を含む本件各公表を行っているのであるから、このことだけからしても、ウェッジホールディングス株式等の価格の上昇を図る目的があったことが推認される。
(2) それに加え(あ)上記1の被審人とその親族やSとのメールのやり取りから、被審人は、APFグループが資金繰りに窮している状況を脱却するために、ウェッジホールディングス株式を高値で売却して、その売却益を得るという方法を念頭に置いて行動していたことがうかがわれること、(い)被審人は、役員の地位にあったAPFホールディングスや明日香野ホールディングスにおいて、両社が所有していたウェッジホールディングス株式等の売却交渉に関与したことなどから、本件各公表を行った頃、同株式の株価上昇に関心を持っていたことが推認されること(上記第4の2(2)イ)は、いずれも本件偽計行為の当時、被審人に同株式の株価を上昇させる動機があったことを示すもので、同株式等の価格の上昇を図る目的の存在を裏付けるものである。
3 結論
以上からすれば、被審人は、ウェッジホールディングス株式等の価格の上昇を図る目的、すなわち相場変動目的をもって、本件違反行為を行ったことが認められる。
第7 まとめ
以上より、被審人が、相場変動目的をもって、違反事実記載の偽計により、有価証券の価格に影響を与えたものと認められる。
(別紙2)
(課徴金の計算の基礎)
別紙1に掲げる事実につき
金商法第173条第1項第2号の規定により、当該違反行為に係る課徴金の額は、
違反行為期間において、当該違反者が当該違反行為に係る有価証券等について自己の計算において行った有価証券の買付け等の数量が、当該違反者が当該違反行為に係る有価証券等について自己の計算において行った有価証券の売付け等の数量を超える場合、
当該違反行為が終了してから1月を経過するまでの間の各日における当該有価証券等に係る有価証券の売付け等についての金商法第130条に規定する最高の価格(当該価格がない場合は、これに相当するものとして内閣府令で定めるもの)のうち最も高い価格に当該超える数量を乗じて得た額から、当該超える数量に係る有価証券の買付け等の価額を控除した額。
(1)
(A) ウェッジホールディングス株式に係る課徴金について、違反行為期間におけるウェッジホールディングス株式の売付数量は0であり、当該株式の買付数量は、違反者の特定関係者である同族会社が違反行為の開始時に当該株式を所有していたため、違反者が違反行為の開始時に自己の計算において違反行為の開始前の価格(12,000円)で買付け等をしたものとみなされる当該株式の数量132,134株である。
違反行為期間における買付数量が売付数量を超えることから、当該超える132,134株について、当該違反行為が終了してから1月を経過するまでの間の各日における当該株式の最高価格のうち最も高い価格(39,250円)に、当該超える数量を乗じて得た額から、当該超える数量に係る当該株式の買付価額を控除した額
(39,250円×132,134株)-(12,000円×132,134株)
=3,600,651,500円
及び
(B) 無担保転換社債型新株予約権付社債(以下「本件転換社債」という。)に係る課徴金について、違反者の同族会社は、違反行為期間中、ウェッジホールディングス発行の本件転換社債10口を転換権未行使の状態で保有していたところ、本件転換社債は、転換権の対象となる株式を取得できる権利であって、偽計行為により、当該株式の価格に連動させて、本件転換社債の価格等にも影響を与えることが可能となるものであることから、本件転換社債も「違反行為に係る有価証券等」として課徴金の計算の基礎に含める。
違反行為期間における本件転換社債の売付数量は0であり、本件転換社債の買付数量は、違反者の特定関係者である同族会社が違反行為の開始時に本件転換社債を所有していたため、違反者が違反行為の開始時に自己の計算において違反行為の開始前の価格で買付け等をしたものとみなされる本件転換社債の数量10口である。
違反行為期間における買付数量が売付数量を超えることから、当該超える10口について、当該違反行為が終了してから1月を経過するまでの間の各日における当該株式の最高価格に基づき合理的な方法により算出した価格のうち最も高い価格(39,250円に、本件転換社債1口あたりに割り当てられる当該株式数1,818株を乗じた71,356,500円)に、当該超える数量(本件転換社債の買付け等の数量10口)を乗じて得た額から、当該超える数量に係る本件転換社債の買付け等の価額(当該株式に係る違反行為の直近の価格に基づき合理的な方法により算出された価格(12,000円に本件転換社債1口あたりに割り当てられる当該株式数1,818株を乗じた21,816,000円)に、本件転換社債の買付け等の数量10口を乗じて得た額)を控除した額
(39,250円×1,818株×10口)-(12,000円×1,818株×10口)
=495,405,000円
の合計額4,096,056,500円となる。
(2) 金商法第176条第2項の規定により、上記(1)で計算した額の1万円未満の端数を切り捨て、4,096,050,000円となる。
(※ 別添1、2の添付は省略する。)
- お問い合わせ先
-
総務企画局総務課審判手続室
03-3506-6000(代表)(内線2398、2404)