【法令解説】

電子記録債権法の概要について

I 経緯

「電子記録債権法」(平成19年法律第102号)は、平成19年6月20日に第166回通常国会において可決・成立し、同月27日に公布されました。(施行は、公布の日より1年6月を超えない範囲の政令で定める日となっています。)

本法律の制定の背景および法案の検討の経緯は、以下のとおりです。

  • 1.  新たな資金調達環境整備のニーズ

    企業間信用の手段である手形については、紛失・盗難のリスクや作成・保管のコストなど紙媒体を利用することに内在する問題があり、また、指名債権についても、二重譲渡のリスクや債権の存在確認のコストなどの問題があり、事業者が資金調達を行う際の制約要因となっていました。

    経済社会のIT化が進展し、商取引・金融取引の分野にも電子的手段を用いたサービスが広がりを見せる中で、これらの問題を克服し、中小企業者を含む事業者の資金調達環境を整備するため、電子的な記録によって権利の発生等の効力を生じさせ、取引の安全や流動性を確保する新たな制度の創設が期待されていました。

    出典:財務総合政策研究所「法人企業統計」
    (年次別調査時系列データ)
    出典:全国銀行協会 「決済統計年報
    (平成18年版)」
  • 2.  法案提出までの検討

    電子記録債権については、「e-Japan戦略II」(平成15年7月)以降累次のIT戦略本部決定等に基づき、電子的手段による債権譲渡等の推進によって中小企業等の資金調達環境を整備するため、経済産業省、法務省、金融庁において検討が行われ、平成17年12月には、3省庁において「電子債権に関する基本的な考え方」がとりまとめられました。更に、平成18年3月に閣議決定された「規制改革・民間開放推進3か年計画(再改定)」において、「平成17年12月に明らかにされた電子債権制度の骨格を踏まえて電子債権法(仮称)の制定に向けた検討を進め、平成18年度中の法的枠組みの具体化を目指す」こととされました。

    法務省の法制審議会(電子債権法部会)においては、電子記録債権法の整備に向けた電子記録債権の基本的性格付け及び私法上の整理に関する検討が行われ、一方、金融庁の金融審議会第二部会及び情報技術革新WGの合同会合においては、電子債権記録機関(以下「記録機関」。)のあり方を中心に検討が行われました。その結果、それぞれ「電子登録債権法制の私法的側面に関する要綱」(平成19年2月)、「電子登録債権法(仮称)の制定に向けて~電子登録債権の管理機関のあり方を中心として~」(平成18年12月)がとりまとめられ、公表されました。

    これらを踏まえ、金融庁及び法務省の共同で立案作業を進め、平成19年3月14日に第166回通常国会に提出するに至りました。

    • (注)検討の過程では、「電子債権」「電子登録債権」などと仮称されていたところを、法案提出時においては、「電子記録債権」としております。

II 電子記録債権法の概要

電子記録債権法は、電子債権記録機関(以下「記録機関」という。)が調製する記録原簿への電子記録をその発生、譲渡等の要件とする電子記録債権について定めるとともに、その電子記録を行う記録機関の業務、監督等について必要な事項を定めています。

主な法律の内容は、以下のとおりです。

  • 1.  電子記録債権に関する私法上の規律

    • (1)電子記録債権の性質

      電子記録債権とは、磁気ディスク等をもって作成される記録原簿への電子記録を発生、譲渡等の効力要件とする金銭債権です。その権利の内容は、記録原簿に記録された債権記録によって定まります。

      また、任意的記録事項として、様々な事項(シンジケート・ローンにおける詳細な特約条項等)を記録することができます。

    • (2)電子記録債権の取引の安全の保護

      • ア.  権利の推定

        債権記録に債権者として記録されている者を権利者と推定することとしています(9条)。

      • イ.  記録機関の損害賠償責任

        記録機関が不実の電子記録をしたり、無権代理人等の請求に基づく電子記録をしたことによって損害が生じた場合における被害者の当該記録機関に対する損害賠償請求について、過失の証明責任を転換し、記録機関の役職員がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを記録機関が証明しない限り、記録機関が損害賠償責任を負うこととしています(11条、14条)。

      • ウ.  意思表示の無効又は取消しの特則

        心裡留保又は錯誤により意思表示が無効となる場合の第三者や、詐欺又は強迫により意思表示が取り消された後の第三者について、民法上は保護規定が設けられていませんが、この法律では、当該第三者が善意・無重過失であれば、これを保護する規定を設けています(12条)。

      • エ.  無権代理人の責任の特則

        無権代理人が電子記録の請求をした場合には、相手方に重大な過失がない限り、無権代理人の免責を認めないこととして、民法におけるよりも免責要件を厳格化しています(13条)。

      • オ.  善意取得及び人的抗弁の切断

        善意取得の制度を設け、譲渡記録において譲受人として記録された者に悪意又は重大な過失がない限り、たとえその譲渡記録が無効であっても、譲受人が電子記録債権を取得することとしています(19条)。また、人的抗弁の切断の制度を設け、譲受人に害意がない限り、債務者の譲渡人に対する人的関係に基づく抗弁をもって譲受人に対抗することができないこととしています(20条)。

      • カ.  支払免責

        債権記録に債権者として記録されている者に支払えば、たとえその者が無権利者であったとしても、悪意又は重大な過失がない限り、その支払が有効となることとし、支払免責の規定を設けています(21条)。

    • (3)その他

      • ア.  消費者の保護

        消費者と事業者との間には交渉力や情報の質等の点で格差があるため、電子記録債権の取引の安全よりも消費者の保護を優先することとしています。一方で、事業を営む個人の利用ニーズにも配慮することとしており、具体的には以下のように規定しています。

        • 個人が電子記録債権を利用する場合には、善意取得等の規定を適用しないこととしています。

        • ただし、個人であっても、個人事業者である旨が記録されている場合には、善意取得等の規定が適用されます。

        もっとも、個人事業者である旨を記録した場合であっても、実際には消費者として利用していたときには、当該記録は無効となり、善意取得等の規定は適用されないこととなります。

      • イ.  その他

        電子記録債権の分割、記録事項の変更、手形保証類似の独立性を有する電子記録保証や、電子記録債権を目的とする質権の制度、債権記録等の開示などについての規定を設けています。

  • 2.  記録機関に対する監督等

    • (1)記録機関の業務の適正性の確保

      • ア.  電子債権記録業を営む者の指定

        電子記録債権は、その内容が記録機関による電子記録によって定まるものであるため、電子債権記録業については、信頼のおける者が営む必要があります。このため、主務大臣が申請を受け、記録機関の安定的・継続的な業務運営等を図る観点から、財産的基盤や適切な業務遂行能力を有する株式会社を記録機関として指定することとしています。なお、記録機関は、電子記録債権の発生・譲渡等に関与する重要な存在であるため、会社法に基づく信頼のおけるコーポレート・ガバナンス、多様な資金調達手段による弾力的かつ機動的な業務運営を確保する観点から、組織形態を取締役会、監査役会又は委員会、会計監査人を置く株式会社としています(51条)。

        また、電子記録債権については、記録事項を限定して手形類似に活用する、多様な事項を記録してシンジケート・ローンに活用するなど、様々な利用場面が想定されているところであり、記録機関は一つに限定されず、民間のニーズに応えて複数の記録機関が設立されることで、競争が促され、サービスの向上につながるものと考えています。

      • イ.  兼業の禁止等

        情報流用を抑止するなどの公平性・中立性の確保、他の事業からの破綻リスクの遮断等の必要性を踏まえ、記録機関は、記録業及びこれに附帯する業務のほか、他の業務を営むことができないこととしています。これにより、他業を営む事業会社自らが電子債権記録業を営むことはできなくなっていますが、子会社の形で記録機関を設立することにより、多様な主体が電子債権記録業に参入することができます(57条)。

        また、電子記録債権の利用者の利便性や記録機関の業務の効率化を図ることも重要であるため、記録機関は、電子債権記録業の一部を、主務大臣の承認を受けて、銀行等その他の者に委託することができることとしています(58条)。

      • ウ.  支払と支払等記録の同時履行の確保(口座間送金決済等に係る措置)

        支払と支払等記録とをできるだけ同時のタイミングで行うことを確保するため、記録機関、債務者及金融機関の合意に基づき、金融機関が記録機関から提供を受けた支払期日などの情報をもとに債務者口座から債権者口座に対する払込みの取扱いをするとともに、債務者口座のある金融機関から債務の全額について送金した旨の通知を受けたら、記録機関は、当事者からの請求によらずに、遅滞なく、職権による支払等記録を行う仕組みを設けています(62条、63条)。

        また、これ以外の方法であっても、当事者間の合意に基づき、債務の支払があったことを確実に知ることができる場合には、記録機関の職権による支払等記録を認めることとしています(64条、65条)。

      • エ.  その他

        上記のほか、最低資本金の額(5億円以上の政令で定める金額)、秘密保持義務(55条)、記録機関を利用する者の保護(59条)、特定の者に対する不当な差別的取扱いの禁止(61条)、などについての規定を設けています。

    • (2)記録機関に対する検査・監督

      業務の適切かつ確実な遂行を図るために必要な検査・監督規定を設けています。具体的には、報告の徴求や立入検査(73条)、業務改善命令(74条)、指定の取消し(75条)、業務移転命令(76条)などの規定を設けています。また、記録機関には、事業年度ごとに業務及び財産に関する報告書の作成・提出を求めるとともに(68条)、資本金額の減少(69条)、定款・業務規程の変更(70条)、休止(71条)、合併や解散等(78条~82条)について、主務大臣の認可を受けなければ効力を生じないこととしています。

    • (3)その他

      電子記録債権は、犯罪収益の隠匿又は資金移動の偽装手段として利用される可能性があることから、犯罪収益移転防止法に則り、記録機関を特定事業者として、本人確認や疑わしい取引の届出義務等を課すこととしています。

      また、電子記録債権は、金融商品として広く取引される場合に、金融商品取引法の規制を適用することとしています。

III 今後の展望

電子記録債権は、多様なビジネスニーズや情報技術革新等に柔軟に対応することが可能なものとなっています。手形に代わる利用にとどまらず、シンジケート・ローンへの活用をはじめ多様な用途に利用されることが期待され、今後の電子金融取引にかかる重要なインフラとなるものです。

電子記録債権が民間のビジネスニーズに適切に応えた形で活用されるためには、具体的な利用方法に応じた実務上の運用ルール等が、民間事業者の手によって整備されることが必要になります。これについては、従前より広く活用されていた手形制度が、民間のルールに基づいて運用されてきたことと同様になります。

政府としても、電子記録債権の利用の促進が図られるよう、制度の適切かつ円滑な施行に向け、政省令等の整備をはじめとした環境整備に取り組んでまいります。

こうした民間・政府の取組みによって、記録機関が早期に設立され、実際に電子記録債権が広く活用されることが期待されます。

※ 詳細については、金融庁ホームページの「国会提出法案等」から、「国会提出法案(第166回国会)」にアクセスしてください。


公認会計士法等の一部を改正する法律について

平成18年6月20日、第166回国会において、「公認会計士法等の一部を改正する法律」が可決・成立しました(平成18年6月27日公布)。

この法律は、企業活動の多様化・複雑化・国際化、監査業務の複雑化・高度化、公認会計士監査をめぐる不適正な事例を踏まえ、組織的監査の重要性が高まっている状況に対応する観点から、監査法人制度等について見直しを行うものです。

この法律の内容は、

1.  監査法人の品質管理・ガバナンス・ディスクロージャーの強化

2.  監査人の独立性の確保と地位の強化

3.  監査法人等に対する監督や監査法人等の責任のあり方の見直し

からなっています。以下ではその具体的な内容を紹介します。

1.  監査法人の品質管理・ガバナンス・ディスクロージャーの強化

  • 業務管理体制の整備

    監査法人は、業務の執行の適正を確保するための措置、業務の品質の管理の方針の策定及びその実施等を含む業務管理体制を整備しなければならないこととしました。(公認会計士法第34条の13)

  • 監査法人の社員資格の非公認会計士への拡大

    • 公認会計士でない者についても、特定社員として日本公認会計士協会の登録を受けた場合には、監査法人の社員になることができることとしました。(公認会計士法第34条の4及び第34条の10の8~第34条の10の17)
    • 監査法人の社員のうちに公認会計士である社員の占める割合等に下限を設けることとしました。(公認会計士法第34条の4、第34条の13)
  • 監査法人による情報開示の義務付け

    監査法人は、会計年度ごとに、業務及び財産の状況に関する説明書類を作成し、事務所に備え置き、公衆の縦覧に供しなければならないこととしました。(公認会計士法第34条の16の3)

2.  監査人の独立性の確保と地位の強化

  • 監査人の独立性に関する規定の整備

    公認会計士及び監査法人は独立した立場において業務を行わなければならない旨を職責規定において規定しました。(公認会計士法第1条の2、第34条の2の2)

  • 就職制限の範囲を被監査会社の親会社や連結子会社等へ拡大

    公認会計士等が監査証明業務を行った後の就職制限の範囲を拡大し、被監査会社のみならずその連結会社等(親会社及び連結子会社等)の役員等にも就いてはならないこと等としました。(公認会計士法第28条の2、第34条の14の2)

  • いわゆるローテーション・ルールの整備

    • 大規模監査法人において上場会社の監査証明業務を行う主任会計士について、継続監査期間5年、インターバル期間5年のローテーション・ルールを法定化しました。(公認会計士法第34条の11の4)
    • 新規公開企業について公認会計士又は監査法人が監査関連業務を行った場合には、上場しようとする日の属する会計期間の前の一定の会計期間を継続監査期間に加えて、いわゆるローテーション・ルールを適用することとしました。(公認会計士法第24条の3、第34条の11の5)
  • 不正・違法行為発見時の対応

    監査人が財務書類に重要な影響を及ぼす不正・違法行為を発見した場合であって、監査役等に報告するなど、被監査会社の自主的な是正措置を促す手続を踏んでもなお適切な措置がとられないと認めるときには、当局への意見の申出を求めることとしました。(金融商品取引法第193条の3)

3.  監査法人等に対する監督や監査法人等の責任のあり方の見直し

  • 行政処分の多様化

    • 公認会計士が著しく不当と認められる業務の運営を行った場合を、当局による必要な指示や処分の対象に追加しました。(公認会計士法第31条及び第34の2)
    • 監査法人に対する行政処分の類型として次のものを追加しました。
    • (ア) 業務管理体制の改善命令(公認会計士法第34条の21)

    • (イ) 違反行為に重大な責任を有すると認められる社員について、二年以内の期間を定めて、当該監査法人の業務又は意思決定の全部又は一部に関与することの禁止命令(公認会計士法第34条の21)

  • 課徴金納付命令の創設

    公認会計士又は監査法人が故意により虚偽証明を行ったとき又は相当の注意を怠ったことにより重大な虚偽証明を行ったとき、違反行為を適切に抑止する観点から利得相当額を基準とする課徴金を賦課することとしました。(一定の戒告・業務の停止、登録の抹消又は解散を命ずる場合等において、当該課徴金を納付させることを命ずることが適当でないと認められるときは、命じないことができることとしました。)(公認会計士法第31条の2、第34条の21の2)

  • 有限責任組織形態の監査法人制度の創設

    • 社員が出資の価額を限度として債務を弁済する責任を負う有限責任組織形態の監査法人制度を導入することとしました。(公認会計士法第34条の24~第34条の34)
    • 有限責任監査法人について、次の要件を整備しました。
    • (ア) 最低資本金(公認会計士法第34条の27)

    • (イ) 供託金(損害賠償責任保険によりその全部又は一部を代替可能)(公認会計士法第34条の33、第34条の34)

    • (ウ) 計算書類の開示(一定規模の監査法人については監査報告書を添付)(公認会計士法第34条の32)

  • 報告徴収・立入検査の権限の公認会計士・監査審査会への委任の範囲

    金融庁長官が有する監査事務所に対する一般的な報告徴求及び立入検査の権限のうち、日本公認会計士協会が行う品質管理レビューの報告に関するものは、公認会計士・監査審査会に委任されていましたが、今般の改正においては、この基本的な枠組みは維持しつつ、これまでの実務の状況等を勘案し、

    • (ア)新設の監査事務所で品質管理レビューを受けていない場合、

    • (イ)品質管理レビューに対して監査事務所が協力的でない等のためにレビュー結果の報告に支障が生じている場合、

    などの例外的なケースに限定して、公認会計士・監査審査会が品質管理レビューを介さずに報告徴収や立入検査を行うことができるよう、権限委任の範囲の見直しを行いました。(公認会計士法第49条の4)

  • 外国監査法人等の届出制度等の創設等

    • 外国会社等から提出される有価証券報告書等に係る監査証明業務を行う外国監査事務所(「外国監査法人等」)は、あらかじめ当局に届け出なければならないこととし、外国監査法人等の届出制度に係る所要の規定を整備しました。(公認会計士法第34条の35~第34条の39)
    • 外国監査法人等に対する当局の権限(必要な指示、報告徴収、立入検査)を整備しました。(公認会計士法第34条の38、第49条の3の2)

4.  施行期日

改正規定は、公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとしました。

※ 詳細については、金融庁ホームページの「国会提出法案等」から、「国会提出法案(第166回国会)」にアクセスしてください。


 故意の場合:認定した虚偽証明期間に係る監査報酬額の1.5倍
 相当の注意を怠った場合:認定した虚偽証明期間に係る監査報酬額の1倍

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