ディスカッションペーパー

ディスカッションペーパーとは

金融研究センターにおける「ディスカッションペーパー(DP)」とは、当センター所属の研究官等が、研究成果を取りまとめたものです。随時掲載しますので、ご高覧いただき、幅広くコメントを歓迎します。

なお、DPの内容はすべて執筆者の個人的見解であり、金融庁あるいは金融研究センターの公式見解を示すものではありません。

令和2年度ディスカッションペーパー

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ファイル 題名 執筆者 年月
PDFDP2020-14
(PDF:1.91MB)
本邦プライベート・エクイティ・マーケットの活性化に向けて
~日本型プライベート・エクイティの確立~
谷山 浩一郎 2021年1月
PDFDP2020-13
(PDF:2.30MB)
地域銀行統合の効果・影響に関する分析──2001 年以降2020 年3 月期までの統合対象 本村 直之 2021年1月
PDFDP2020-12
(PDF:763KB)
FTC が実施した問題解消措置の事後検証の方法論──問題解消措置が競争等にもたらす影響に関するケーススタディ 矢野 智彦 2021年1月
PDFDP2020-11
(PDF:2.12MB)

DP2020-11
付表1付表2
(XLSX:892KB)
日本の貸出市場・預金市場での集中度を計測する 植杉 威一郎 
平賀 一希
真鍋 雅史
吉野 直行
2021年1月
PDFDP2020-10
(PDF:1.58MB)

DP2020-10
付表1
(XLSX:541KB)

DP2020-10
付表2
(XLSX:540KB)

DP2020-10
付表3
(XLSX:303KB)

DP2020-10
付表4
(XLSX:301KB)
金融機関の貸出・預金を介した地域間資金循環とその決定要因 植杉 威一郎
平賀 一希
真鍋 雅史
吉野 直行
2021年1月
PDFDP2020-9
(PDF:1.66MB)
"ESG/Green Investment and Allocation of Portfolio Assets" 吉野 直行
湯山 智教
2020年12月
PDFDP2020-8
(PDF:2.25MB)
他業解禁のビジネス上の合理性―ドイツの事例から― 松井 智予 2020年11月
PDFDP2020-7
(PDF:1.19MB)
イギリスにおける銀行の業務範囲規制 後藤 元 2020年11月
PDFDP2020-6
(PDF:930KB)
わが国における銀行・銀行グループの業務範囲規制について 小出 篤 2020年11月
PDFDP2020-5
(PDF:1.34MB)
アメリカにおける『銀行と商業の分離』に関する規制の現状 加藤 貴仁 2020年11月
PDFDP2020-4
(PDF:2.03MB)
金融制度設計に対する機能アプローチと銀商分離規制の検討 内田 浩史 2020年11月
PDFDP2020-3
(PDF:847KB)
日本における銀行規制の現状と課題 岩原 紳作 2020年11月
PDFDP2020-2
(PDF:14.0MB)
アルゴリズム化基準による高頻度取引(HFT)の特性分析 大山 篤之
津田 博史
2020年10月
PDFDP2020-1
  (PDF:2.07MB)
企業年金パフォーマンスの研究~スチュワード的行動に関わる一考察 石田 英和 2020年10月

ディスカッションペーパー要旨

DP2020-14
「本邦プライベート・エクイティ・マーケットの活性化に向けて~日本型プライベート・エクイティの確立~」

   谷山 浩一郎   金融研究センター特別研究員
         

 本邦でプライベート・エクイティ(以下、PE)ファンドが本格的に活動を開始して約20年。PE関係者の尽力もあり、本邦PEマーケットは着実に成長してきた。しかし、欧米等と比べ本邦でのPEの浸透度は依然低いままである。本稿では、本邦PEマーケットの置かれている状況について、グローバルPEマーケットとの比較、PE関係者へのインタビュー等を元に調査分析を行い、この結果を踏まえ、本邦PEマーケット活性化のための施策を提言する。
 グローバルPEマーケットは順調に成長を続けている。直近5年間はゴールデンタイムと呼ばれるほどの活況を呈し、PEの果たす役割は加速度的に増加している。一方、本邦PEマーケットは緩やかな成長に留まる。本邦のPEマーケットは何故に緩やかな成長に留まるのか。主たる要因は、本邦で現在行われているPEが「本邦企業、本邦投資家ニーズへの対応」並びに「本邦の社会的特徴への適合」が十分ではないことであると考える。
 本邦のPEマーケットは海外ファンドが投資地域を欧米からグローバルに拡大する中で発展してきた。現在、本邦マーケットの中心的な取引形態は多額の借入金を活用したレバレッジドバイアウト(以下、LBO)であるが、LBOは欧米で行われている取引形態をプロダクトアウト的に本邦に持ち込んできたものであり、海外買収、事業統合等、非連続的な成長戦略を一緒に推進してくれる協働パートナーを求める本邦企業並びにミドルリスクミドルリターンを志向する本邦投資家のニーズを十分に捕捉出来ていない。また、企業を売買の対象ではなく、生活共同体的なものとして捉えることの多い本邦の社会的特徴にも本質的には適合していない。しかしながら本邦の置かれている少子高齢化、国内市場縮小等の厳しいマクロ環境を踏まえると、リスクマネーの活用は急務である。エクイティ時代の現代においては、その主流であるPEから背を向けるのではなく、積極的に向き合い、本邦の現状に合うやり方を作り上げていくという発想の転換が必要となってこよう。
 本邦でPEを活性化するために必要なことは、本邦企業、本邦投資家のニーズに対応し、本邦の社会的特徴に十分適合したマーケットイン的発想に基づくPEの確立である。欧米型資本主義を体現する主役としてのPEではなく、本邦企業の成長戦略実行をサポートする支援体としてのPE。投資収益拡大を目的に最大限のレバレッジを活用するLBOではなく、本邦企業の支援を第一目的に柔軟なストラクチャーで適度なレバレッジを活用する取引形態。「日本型PE」ともいうべき新たな投資手法を確立し、活用していくことが肝要である。
 本稿では「日本型PE」の理解を深めるための例として、コンセプトレベルのものではあるが、海外買収支援ファンド、地銀協働ファンド、リスクシェアファンドの3つを提示した。これらは海外買収、地銀取引先の事業承継、PE投資家拡大による投資収益の向上という本邦の抱える課題解決のために、本邦企業、本邦投資家と積極的にパートナーシップを組み、自らリスクを取りながら、取引の相手方としてはではなく、同じ船に乗る協働パートナーとして本邦企業、本邦投資家を支援するという役割のファンドである。
 本邦は企業数が多く、かつ各々が異なる文化を持つ、「分散型たこつぼ社会」であり、歴史的に新たな取組み、難易度の高い取組みを行う場合、分散化した企業が各々行うのではなく、専門的な中間組織を設立して対応してきた。海外展開が必要だった際に設立された商社、難易度の高い運用を行うための農林中央金庫等の系統金融機関等はその典型例である。
 本邦は高度成長期において、国民の預金が都市銀行、地方銀行を経て長期信用銀行に回り、長期信用銀行が長期融資という実質疑似エクイティのリスクマネーを本邦企業に供与し、国内工場を建設。当該工場を輸出基地として活用し、本邦企業の成長と国民金融資産の増大を同時に達成した。これはBIS規制導入前のデッド時代の枠組みであるが、BIS規制後のエクイティ時代における現在において、この仕組みに代わるリスクマネー供給の仕組みが確立されていない。現在本邦が直面する多くの課題を乗り越えるためには、リスクマネーの活用は不可欠であり、その為にデッド時代の長期信用銀行に代わる、エクイティ時代のリスクマネー供給専門的機関を組成し、ここに人材、資金を集中して対応することは非常に効果的であろう。世界第三位の経済大国である本邦には多くの企業、優秀な人材、2,000兆円弱の家計金融資産が存在する。日本型PEがこれら本邦が保有する資産の連携を深め、エクイティ時代のリスクマネー供給源として日本経済再興の一助になることを願ってやまない。
 
キーワード:プライベート・エクイティ、投資ファンド、PE、LBO、日本型PE、海外買収

DP2020-13
「地域銀行統合の効果・影響に関する分析──2001年以降2020年3月期までの統合対象」

   本村 直之   金融研究センター特別研究員
      

 地域銀行を取り巻く環境は厳しく、これまでに経験したことのないスピードとスケールで変化している。この変化に対する危機感を背景に、地域銀行は過去いくつも統合を行ってきたが、目指す姿と取組みは近年大きく変化し、新しい経営スタイルの実現が求められつつある。
 調査を進める中で、将来の地域銀行に有効と考えられる3つの取組みの方向性が見えてきた。1つ目は「インフラ型地域金融モデル」で、対象地域やサービスの拡大を志向する取組みであり、日本版「スーパーリージョナルバンク」とも言えよう。2つ目は「リレーション型地域金融モデル」で地域コミュニケーションをより徹底し、中小企業や個人にきめ細かいサービスを提供する取組みである。3つ目は「非金融地域サービス/事業モデル」で、金融の枠組みを超えた地元地域の課題解決への取組みである。
 統合を有意義に活用している地域銀行は、これら3つをうまく組み合わせ、自組織の発展と地域への貢献を実現している。それらの組織では統合を通じて「規模拡大によるコスト効率改善」だけでなく「ノウハウの横展開」や、試行錯誤しながらの「新たな収益獲得方法の構築」など、「新時代に相応しいビジネスモデルづくり」を進めている。
 もう一点、統合の成功には、内部体制確立に向けた経営トップの姿勢と行動が重要であり、1)経営トップが明確な経営方針を示し、その実現に向けた戦略的リソース配分・優先順位付けを行うこと、2)統合の実現への行動とコミュニケーションを徹底し、幹部はもちろん現場まで全社一丸となって取組む意思を確立すること、3)方針実現のため、情報へのアクセスやルール整備、教育トレーニングなど組織内環境整備を徹底すること、が鍵だということが分かった。
 
キーワード:地域銀行、地方銀行、リージョナルバンク、統合、合併

DP2020-12
「FTC が実施した問題解消措置の事後検証の方法論──問題解消措置が競争等にもたらす影響に関するケーススタディ」

   矢野 智彦   金融研究センター特別研究員
      

 日本の企業結合案件において、独占禁止法上の企業結合規制に基づき問題解消措置が探られるケースがしばしば見られる。問題解消措置は、独占禁止法上の企業結合規制において、企業結合による競争単位の減少等に伴い競争が実質的に制限されることがないよう、競争が企業結合前の水準に回復することを目的として当事会社により実施されるものである。問題解消措置は当事会社の事業活動に大きな負担をもたらすものであるから、実施された問題解消措置により当事会社の負担に見合うだけの効果(すなわち、競争の回復)が達成されたか、事後検証を行うことが望ましい。しかし、日本においては競争当局である公正取引委員会により問題解消措置付きの企業結合案件に関する事後検証が実施されたことはない。
 本稿は、日本の近年の地域金融機関統合案件における問題解消措置の効果の検証方法としての有用性の検討を行うことを目的として、米国の連邦取引委員会(FTC)が実施した2017年の事後検証で採用された調査方法について、その概要を報告している「The FTC’s Merger Remedies 2006-2012」に基づき解説する。
  
キーワード:独占禁止法、企業結合審査、地方金融機関統合、問題解消措置、事後検証

DP2020-11
「日本の貸出市場・預金市場での集中度を計測する」

   植杉 威一郎   金融研究センター特別研究員
   平賀 一希
   金融研究センター特別研究員
   真鍋 雅史 金融研究センター特別研究員
   吉野 直行
   金融研究センター長、慶應義塾大学名誉教授
      

 本研究は、日本に所在する金融機関の店舗における貸出額と預金額の情報を用いて、はじめて網羅的に地域金融市場における集中度を計算し、その性質を統計的に明らかにする。2005年から2019年までの期間について、都道府県や都市雇用圏ごとに、貸出と預金に関するハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)を算出し、地域間での差異や時間を通じた変化の様子を示す。更に、HHIの要因分解を行うとともに、金融機関合併に伴うHHIの上昇程度やその持続性についても検証する。得られた主な結果は以下の通りである:(1)貸出HHIと預金HHIは上昇傾向にあるが、大都市圏に属する都府県でもともと低かった貸出HHIの水準が更に低下する傾向がみられる。(2)HHIの上昇には、金融機関数の減少だけではなく、金融機関間のシェアのばらつきの拡大がより大きく影響している。(3)金融機関合併による貸出HHI上昇は一定期間持続するが、市場集中度が低く市場での競争が激しい地域では、貸出HHI上昇の持続期間が短くなる傾向にある。
 
キーワード:ハーフィンダール・ハーシュマン指数、市場集中度、競争度、金融機関合併

DP2020-10
「金融機関の貸出・預金を介した地域間資金循環とその決定要因」

   植杉 威一郎   金融研究センター特別研究員
   平賀 一希
   金融研究センター特別研究員
   真鍋 雅史 金融研究センター特別研究員
   吉野 直行
   金融研究センター長、慶應義塾大学名誉教授
      
 金融機関店舗別の貸出・預金残高情報を用いて、金融機関の貸出・預金を介した地域間資金循環に関する指標を作成し、決定要因を分析する。預金と貸出を行う地域が異なることに注目し、集めた預金を貸出として地域間に配分する程度を国全体で集計し、一国内での地域間資金循環指標を作成する。その特徴については、以下の主要な結果が得られた:(1)地域間資金循環では、預金の大部分が同一都道府県内の貸出に回っている一方で、都道府県間の資金移動も活発である。(2)金融機関による資金移動が遠隔地間で行われる割合は、時間を通じて低下し、近隣県間でのそれがやや増えている。預金される都道府県と貸出が行われる都道府県との地理的な距離は、短くなる傾向にある。
 地域間資金循環の決定要因については、以下の主要な結果が得られた:(1)土地価格の低い地域から高い地域へと、預金が貸出のために配分されている。地価の変動は、他の要因よりも強く金融機関による地域間の資金配分に影響している。(2)地域における生産性や企業の利益率は、地域間の資金配分と負の相関を持つことがある。生産性の高い地域から低い地域へと、預金が貸出のために配分される場合がしばしばみられる。(3)貸出市場における集中度は、地域間の資金配分と負の相関を有している。すなわち、集中度が高く競争が緩やかと思われる地域から、集中度が低く競争が激しいと思われる地域へと、預金が貸出のために配分されている。
 
キーワード:貸出市場、預金市場、金融仲介、資金配分の効率性

DP2020-9
"ESG/Green Investment and Allocation of Portfolio Assets"

   吉野 直行   金融研究センター長、慶應義塾大学名誉教授
   湯山 智教 金融庁総合政策局リスク分析総括課マクロ分析室長
      

 地球環境問題が懸念される中にあって、金融機関や投資家の間では、ESG投資/グリーン投資が注目されており、銀行貸出においてもグリーン・ローン、中央銀行による金融政策においてもグリーンボンドを購入する政策が提案されている。気候変動問題が重視されるなかで金融面からの推進もひとつのオプションとして考えられるが、現状の動きには留意点が必要である。従来は、リターンとリスクを見ながら、さまざまな投資が行われてきたが、ESG要素にも目を配るという方向性になってきている。他方、現状では、ESG評価機関(投資家にESGスコアを提供する会社)毎にESGの定義が異なり、EUタクソノミなど国ベースでの基準も異なる。グリーンボンドでも、対象となる事業は、幅広く解釈できる面がある。
 本稿では、まず、基本的なポートフォリオ分析を用いて、現在のESG投資/グリーンボンドは、伝統的な最適ポートフォリオの資産配分を歪めてしまう可能性があることを理論的に示す。次に、ESG投資の現状は、どのESG評価機関の基準を採用するかにより、資産配分が異なることを、データを用いて導出し、実際の株価データを用いて、最適な資金配分が、どのように歪められるかを示す。
 以上の問題を解決するため、(i)世界的に同じ税率で排気ガスやプラスチック等に課税することにより、投資家は、従前と同様に、リスクとリターンを見ながら投資できること、(ii)Green Credit Rating を国際的な基準として「一つ」作成し、同一の基準を使いながら、投資を行うという二つの方法により、少なくとも環境問題に関連した資産配分の歪みを食い止められる可能性がある。
 最後に、ESG投資と株価の連動は、動学的な資金の配分過程で見られる可能性があり、ESG投資水準が、ある程度の望ましい水準に達すると、相関関係は見られなくなる可能性があり、実証分析の結果からも、評価機関のESGスコアと株価は、必ずしも、正の相関は見られなかった。
 
キーワード:ESG (Environmental, Society and Governance); Green investment; Green credit rating; optimal portfolio allocation; and GHG taxation.

DP2020-8
「他業解禁のビジネス上の合理性―ドイツの事例から―」

   松井 智予   金融研究センター特別研究員
      

 銀証分離をスタート地点とする米国モデルと対比して、ヨーロッパではいわゆるユニバーサル・バンク方式が採られており、従来銀行本体が他業を行うことについての規制上の問題がなかったといわれる。他業を営むことが制限されないだけでなく、それを源泉とする銀行の競争力の増加や企業の資金調達の容易化などのメリットが強調されることもある。
 一方で、預金保全の要請は世界共通であり、預金の安全を守るために、他業を兼営するに際しては自己資本比率規制その他の規制が当該他業の影響を受けないよう構築されるほか、当該他業自体にも利益相反等に留意した取引や情報の規律が行われるはずである。その結果、シナジーが制限され、また規制遵守コストが嵩む結果、兼営他業の競争力はむしろ失われ、ユニバーサル・バンク方式であったとしても兼営は進まないのではないかという疑念も存在し得る。
 近年、日本における銀行の競争力や健全性の維持が、特に事業会社との垣根やイコールフッティングという観点から課題となっており、銀行の健全性を保つための様々な規制がEU全体に導入されるにつれ、ユニバーサル・バンク方式の修正が必要な場面も生じている。そのような流れの中で、ヨーロッパの銀行のビジネスの合理性はどのように担保されているのかを分析することが必要になっていよう。理論的には、銀行のサービスは何の利益のためにあり、それとの見合いで収益性をどの程度追求するのかという点の整理が必要であるし、事実としては、典型的に銀行業の一部として行われていたトレーディング等がどの程度収益やシナジーの源泉となっていた(そして分離に際してそれが失われた)のか、新規に考えられる他業からくる収益をどのように確保し、預金の安全性との両立を可能にしようとしているのかが焦点となろう。
 
キーワード:ユニバーサル・バンキング、ドイツの銀行業

DP2020-7
「イギリスにおける銀行の業務範囲規制」

   後藤 元   金融研究センター特別研究員
      

 イギリスでは、日本のように銀行が行い得る事業の種類を制定法で明確に定めるという規制手法は伝統的に採用されておらず、また、銀行が商業(非金融業)を営むことを禁じる明文の規定もこれまで存在したことはない。それにもかかわらず、実態としては、銀行と商業は伝統的に分離されてきた。
 このようなイギリスのアプローチは、世界金融危機後の改革の一環として2013年にリングフェンシング制度が導入されたことによって一定の変容を遂げている。もっとも、同制度はリテール預金の受入業務を行う金融機関に対して投資銀行業務を併営することを禁止するにとどまるものであり、その対象は大規模な金融機関に限られている上に、投資銀行業務以外の事業(非金融業を含む)の併営も禁止されていない。また、銀行の兄弟会社や子会社が投資銀行業務や非金融事業を営むことも許容されている。これらの点で、銀行の業務範囲に関するイギリス法の規律は、日本法のそれとは、依然として大きく異なっているということができる。
 本稿では、イギリス法の規制の概要とともに、上記のようなイギリス法のスタンスはどのような考え方に基づくものであるのかを分析する。
 
キーワード:イギリス法、銀行の業務範囲規制、健全性規制、預金保険制度、リングフェンシング

DP2020-6
「わが国における銀行・銀行グループの業務範囲規制について」

   小出 篤   金融研究センター特別研究員
      

 本稿では、わが国における銀行および銀行グループの業務範囲規制について、その沿革と内容を概観し、現在の業務範囲規制が、①銀行の「他業禁止」を原則としていること、②銀行の固有業務と「関連性」があるかどうかを一つの基準として業務範囲の外延を画するという思想に基づいていること、を明らかにする。また、他業禁止の趣旨は、①他業のリスクが銀行業に波及することを防ぐこと、②公共性の高い銀行業を営む者は銀行業に専念すべきこと、③利益相反のおそれを防ぐこと、④銀行監督の効率性、⑤銀行による産業支配の懸念、といったものにまとめられることを示す。
 その上で、銀行の業務範囲規制においては、銀行が他業を営まないことそれ自体が目的なのではなく、その趣旨を実現することが重要であること、そのためには必ずしも銀行の固有業務との関連性という基準で業務範囲を画する必要はなく、実際に「関連性」の概念は相対的なものとなっていること、また、他業禁止の趣旨さえ実現されるのであれば、銀行が他業を営むことを厳格に禁ずる必要もないこと、を論じ、これからの銀行グループの業務範囲規制のあり方について提言を行う。
 
キーワード:銀行法、銀行の業務範囲、他業禁止

DP2020-5
「アメリカにおける『銀行と商業の分離』に関する規制の現状」

   加藤 貴仁   金融研究センター特別研究員
      

 アメリカの金融規制の特徴として、「銀行と商業の分離」(“Separation of Banking and Commerce”)を目的とした様々な規制の存在が挙げられる。本稿では、国法銀行法(National Bank Act)に基づき設立される銀行(以下、「国法銀行」という。)の業務範囲に関する規制と、銀行持株会社法(Bank Holding Company Act)に基づく規制を題材にして、アメリカにおける「銀行と商業の分離」に関する規制の全体像及びその背景にある考え方を整理することを試みた。その結果、以下のように示唆を得ることができた。
 第1に、国法銀行の業務範囲は銀行業務と付随業務に限られるとされているが、銀行業務の範囲を拡大するOCCの解釈が積み重なることによって、銀行業務という概念は国法銀行の業務範囲を限定する機能を失っている。同様の問題は金融持株会社の業務範囲を示す補完業務に係るFRBの解釈についても部分的に妥当する。
 第2に、1行でも銀行を保有する会社を銀行持株会社として規制する銀行持株会社法の枠組みは、「銀行と商業の分離」を代表するものである。一般事業会社による銀行(Industrial Loan Company)の保有の是非に関する論争は継続しているが、FinTech企業の台頭により、OCCによるFinTech Charterの創設等、銀行持株会社法の基本的な枠組みの再検証につながり得る事象も生じている。
 
キーワード:国法銀行、銀行持株会社、金融持株会社、銀行と商業の分離、FinTech

DP2020-4
「金融制度設計に対する機能アプローチと銀商分離規制の検討」

   内田 浩史   金融研究センター特別研究員
      

 本稿の目的は、経済学の理論分析の知見に基づき金融制度の設計を行う、いわゆる機能アプローチを紹介しながら、銀行に関する参入・業務分野規制、中でも銀商分離の問題について、検討を行うことである。こうした検討のために、本稿は銀行の機能、銀行が引き起こす問題(銀行の失敗)、そして銀行に対する公的介入について、経済学の理論的根拠を示しつつ整理を行い、そのうえで現在の銀行制度を概観して問題点を特定し、検討を行っている。本稿の各パートはある程度独立して読むことができ、次の通りに構成されている:[1]機能アプローチの解説(第2節)、[2]銀行の機能と問題(銀行の失敗)の整理(第3節)、[3]銀行に対する公的介入の整理(第4節、4.1節)、[4]参入・業務分野規制の現状の説明(第4節、4.2節)、[5]銀商分離規制を検討するための一般的な手順の整理(第5節、5.1, 5.2節)、[6]銀商間のイコール・フッティング問題の検討(第5節、5.3節)。
 
キーワード:銀商分離、機能アプローチ、銀行の機能、銀行の失敗

DP2020-3
「日本における銀行規制の現状と課題」

   岩原 紳作   金融研究センター特別研究員
      

 超低金利が続き銀行収益の悪化が続くこと、IT化の進展等により銀行を介さない資金移動や決済方法が発展してきていること、IT業と金融業の間の境界が融解しつつあること、地域経済の活性化が大きな課題となるなか、銀行が地域経済の活性化により貢献することが期待されていること等により、銀行とその関連企業の業務範囲規制や持株(議決権保有)規制の見直しが大きな課題となっている。
 銀行等の業務範囲規制、持株規制の趣旨の中でも、今日特に重要なのは、金融業以外の他業から生じる損害が銀行の固有業務の健全性を損なうことを防ぐこと、及び銀行の固有業務と他業の間の利益相反の問題が生じることを防ぐことであろう。しかし海外を見ると、ドイツ、フランス、イギリス等、それらの規制を行っていない国も多い。銀行法には銀行に関し各種の健全性規制や利益相反規制が用意されており、それらの規制を更に整備することによって、それらのリスクに対処すべきであって、リスク遮断のために業務範囲規制や持株規制により入り口から他業を排除すべきではないという意見は、海外の学者からも出されている。上記の国においてみられるように、銀行やその関連企業の業務範囲や他業の会社の株式保有は原則自由としたうえで、特にリスクの高い特定の業務に限って、業務範囲規制や持株規制を設けるという、現在とは原則と例外を逆転する方向も将来的には考えられよう。
 尤も、個別の健全性規制や利益相反規制等だけでリスクを十分に管理できるか、業務範囲や株式保有を原則自由化した場合に、検査・監督体制、銀行の破綻処理制度等が十分に対応できるか、なお検討が必要であろう。更に、そのような自由化により、本当に銀行の収益改善や地域経済振興へ銀行機能の向上が図れるか、実証的・実務的な検討が必要であろう。
 なお、IT化や Fintech の発展により、金融業と非金融業の境界領域において、両者のシナジーを生むことのできる新たな業務が発展しつつある。それらの多くは、銀行の有するデータやスキル等の活用できる業務であって、銀行にとって比較的リスクが低く利益相反の可能性も低いことから、積極的に銀行の業務として認めていくべきであろう。
 現行銀行法には、銀行、銀行子会社、銀行持株会社とその子会社には業務範囲規制を課しているのに、銀行主要株主には業務範囲規制が課されていないという、規制のアンバランスが存在する。業務範囲規制の趣旨から考えて、これは合理的な区別でないことから将来的に両者の規制は共通のものとすることを目指すべきであろう。
 
キーワード:銀行グループの業務範囲規制、銀行グループの議決権保有規制、銀行主要株主規制、banking と commerce の分離、金融のIT化、フィンテック、地域経済の活性化

DP2020-2
「アルゴリズム化基準による高頻度取引(HFT)の特性分析」

   大山 篤之   金融研究センター研究官
   津田 博史 同志社大学理工学部教授
      

 本稿では、HFTの実態を把握すべく、金融商品取引法の高速取引の定義に準じた新たなHFT判定基準(「取引自動化」と「仮想サーバの専有」を基準とした『アルゴリズム化基準』)を提案し、(A) 全数調査(東証の2010年1月から2015年9月までの全板再現データ(『33項目』×『全銘柄』×『全板再現注文』×『全1405営業日』)を処理)及び(B)個別銘柄(トヨタ株)分析(東証の2010年1月から2015年9月までの板再現データ(『33項目』×『トヨタ株』×『板再現注文』×『69営業日(月末)』)を処理)から下記の結論をそれぞれ得た。
 (A)全数調査の結果からは、①新たに定めたHFT判定基準によって、典型的なHFT(高頻度かつ高速の注文を行う社)の取引グループを確認し、②特に、2014から2015年の観察期間では、仮想サーバの約65%、注文総数の約70%、売買代金の約45%がHFTによって占められていること、更に、③HFTはザラバで注文を行い、幅広い銘柄で取引する一方、信用取引を行わないこと、④HFTは取消注文を選好し、一般投資家は変更注文を選好する傾向があること、⑤IOC注文を行うのは、HFTの中でも特にアルゴリズム化度合が高いグループに限定され、⑥HFTの中でも特にアルゴリズム化度合及び高頻度性の双方が高いグループで、空売り注文を駆使し、相場環境に因らずマーケットメイク(メイク注文が多くテイク注文が少ない)を行っていること、がそれぞれ判明した。(B)個別銘柄(トヨタ株)分析からは、①HFT行為者は、相場動向に左右されず株式市場に流動性を供給している一方、②板のBBO(最良気配値)付近に、薄く注文する傾向があり、更に、呼値の刻みが小さくなる価格帯では、その傾向が顕著になること、③特に、2014から2015年の観察期間では、約30% のBBO (最良気配値)をHFTのみで構成していることから、仮にHFTが株式市場で取引を行わなかった場合には、約30%の板でBBOスプレッドがワイドニングする可能性があること、そして、④売り下がり/買い上がり分析結果から、全局面において、HFTが積極的に株式相場を下落させる取引行動は観測されず、むしろ、一般投資家の取引行動が価格に与える影響の方が大きいことが分かった。
 
キーワード:高速取引、高頻度取引、仮想サーバ、アルゴリズム取引、HST、HFT、手動注文、成行注文、メイク注文、テイク注文、IOC注文、流動性、板、最良気配値、板の厚み、呼値の刻み

DP2020-1
「企業年金パフォーマンスの研究~スチュワード的行動に関わる一考察」

   石田 英和   金融研究センター特別研究員
      

 本稿では、日本の企業年金に関する4つの定型化された事実を取り上げ、相互に矛盾している企業行動を機能構造ファイナンス(FSF)のフレームワークを用いて整理し、日本の限定的な開示制度が適切なフィードバックを提供していないことが、アセットオーナーとしての運用能力が制約されている原因の一つではないかと、問題提起する。次に、開示制度と投資行動の関係を論証するために、スチュワードシップ・ゲームというアセットオーナーと資産運用会社の相互作用のモデルを提示し、確定給付企業年金のような重層的なインベストメントチェーンでは、限定的な開示制度がリスク回避行動を促す可能性があることを示す。特に、年金資産の期待収益を下げても非難されない、という通念が広がるとこの傾向は強化される。次に、先行研究をレビューし、限定開示の下、積立水準と未認識数理差異に着目した実証を整理し、独自に推定した年金リターンランキングを用いて、積立水準を年金リターンと退職給付債務規模に分けることで、年金リターンと企業価値の関係に関する仮説を導出する。本稿は、資本市場のリスク・リターン特性が発揮された期間を取り上げれば、先述の通念に反して年金リターンは積立水準および企業価値の向上に貢献したことを実証する。仮に年金リターンランキングが公知であれば、企業や資産運用会社は自然とフィードバックを受け、投資行動を修正していただろうと考えられる。
 
キーワード:企業年金、退職給付会計制度、退職給付信託、スチュワードシップ・コード、機能構造ファイナンス(FSF)

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