平成29年3月14日
金融庁

日本海洋掘削株式会社株式ほか44銘柄に係る相場操縦に対する課徴金納付命令の決定について

金融庁は、証券取引等監視委員会から、日本海洋掘削(株)株式ほか44銘柄に係る相場操縦の検査結果に基づく課徴金納付命令の勧告新しいウィンドウで開きますを受け、平成27年4月7日に審判手続開始の決定(平成27年度(判)第1号金融商品取引法違反審判事件)を行い、以後審判官3名により審判手続が行われてきましたが、今般、審判官から金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)第185条の6の規定に基づき、課徴金の納付を命ずる旨の決定案が提出されたことから、下記のとおり決定(PDF:425KB)を行いました。

1 決定の内容

被審人に対し、次のとおり課徴金を国庫に納付することを命ずる。

  • (1) 納付すべき課徴金の額 金2,106万円

  • (2) 納付期限 平成29年5月15日

2 事実及び理由の概要

別紙のとおり


(別紙1)

(課徴金に係る金商法第178条第1項各号に掲げる事実(以下「違反事実」という。))

被審人セレクト・バンテイジ・インクは、自己資金により株式売買等を行って収益を得ることを業とする会社であるが、同社の株式売買業務に従事していたAら17名のトレーダーにおいて、同社の業務に関し、別表1網掛け部分記載のとおり、東京証券取引所市場第一部に上場されている日本海洋掘削(株)等の株式、いずれも金融商品取引所が上場する合計45銘柄の株式につき、私設取引システムを利用した上記各株式の売買を誘引する目的をもって、平成26年4月9日から同年5月23日までの間、合計28取引日にわたり、(株)東京証券取引所(以下「東証」という。)及びB証券株式会社ほか1社において、C社、D証券株式会社等を介し、東証の午前立会時間終了後から午後立会時間開始前までの注文受付時間に、東証で成行又は直前の寄前気配値段よりも上値の価格帯に約定させる意思のない大量の買い注文を発注して寄前気配値段を引き上げた上で、B証券株式会社等で売り注文を発注し、その売り注文の一部に自己の買い注文を対当させて株価を引き上げて残りの売り注文を自己に有利な価格で約定させるなどの方法により、上記各株式の売買及びその委託を行い、もって、自己の計算において、上記各株式の売買が繁盛であると誤解させ、かつ、取引所金融商品市場における上記各株式の相場を変動させるべき一連の売買及び委託をした。

(違反事実認定の補足説明)

  • 第1 事案の概要等及び本件争点

    •  本件は、違反事実記載の17名のトレーダー(以下「本件各トレーダー」という。)によりなされた別表1網掛け部分記載の各取引が金商法第174条の2第1項所定の違反行為に該当するものであり、法人である被審人が同項所定の「違反者」に該当するとして、審判手続が開始された事案である。

    •  被審人は、別表1記載の各取引が、本件各トレーダーにより、被審人の計算においてなされたことは争わないものの(ただし、別表1の取引評価欄に記載された各取引に対する評価は除く。)、次の各点を争っているから、以下では、これらについて補足して説明する。

      • (1) 本件各トレーダーが行った上記各取引が一体のものと評価できること(以下「争点(ア)」という。)

      • (2) 法人である被審人が金商法第174条の2第1項所定の「違反者」といえること(以下「争点(イ)」という。)

      • (3) 別表1網掛け部分記載の各取引について、各株式の取引を誘引する目的(以下「誘引目的」という。)があったこと(以下「争点(ウ)」という。)

      • (4) 別表1網掛け部分記載の各取引について、有価証券売買等が繁盛であると誤解させ、かつ取引所金融商品市場における各株式の相場を変動させるべき一連の取引(以下、前者を「繁盛取引」、後者を「変動取引」という。)に該当すること(以下「争点(エ)」という。)

    •  
  • 第2 認定事実

    •  関係者等

      • (1) 被審人

        被審人は、自己資金により株式売買等を行って収益を得ることを業としていた。

      • (2) Eグループ

        被審人代表者を唯一の受益者とする信託であるFは、被審人及び英領アンギラ法に基づき設立されたG社のそれぞれの全株式を保有し、被審人の完全子会社であるH社などとともに、Eグループを構成していた。

        被審人代表者は、G社及びH社の各取締役(いずれも唯一の取締役)にも就任しており、G社においては、社長に相当するプレジデント兼総務担当役員に相当するカンパニー・セクレタリー、H社においては、カンパニー・セクレタリーの役職にあった。

        G社は、トレーダーを雇用する業務を行っており、Eグループ内でトレーダーを雇用するのはG社のみであった。

    •  被審人における株取引の実行体制等

      • (1) 被審人は、G社との間でトレーダー業務契約を締結し、同契約により、G社は、トレーダーを雇用した上、被審人が提供した資金及び取引システムを使って株式取引等を行っていた。

      • (2) G社においては、世界各地に設けられていた支店に拠点マネージャーが置かれていたところ、各拠点マネージャーは、G社との間でトレーダー・ロケーション契約を締結し、各トレーダーの訓練・監督等を行う責務を負うとともに、各トレーダーの行為について責任を負うこととされていた。

        また、各トレーダーの取引は、リスク・アナリスト等によっても監視されていた。具体的には、リスク・アナリストが、ある取引について更に調査や処分が必要と判断した場合、シニア・リスク・アナリストに対して勧告がされ、シニア・リスク・アナリストによってその内容が審査された後、警告や取引停止等の追加的な処理が不必要な場合はシニア・リスク・アナリスト自らが処理し、トレーダーの解雇やオフィスの閉鎖といった重要事項は、被審人代表者やチーフ・コンプライアンス・オフィサーに最終判断が求められていた。これらのリスク・アナリスト、シニア・リスク・アナリスト及びチーフ・コンプライアンス・オフィサーは、いずれもH社に雇用されていた。

      • (3) 被審人は、各トレーダーが執行した取引によって得られた利益から、一定の経費を控除したもの(net trading profits)の中から、各トレーダーが所属する拠点マネージャー及び当該トレーダーに支払う報酬を賄うのに十分な金額を一定の計算方法に基づいて算出し、月額手数料として、G社に対して、毎月支払い、G社は、各トレーダーに対し、この月額手数料の中から報酬を支払っていた。

    •  
    •  前提となる各取引所における取引の特徴等

      本件において、本件各トレーダーは、東証のほか、B証券株式会社及びI証券株式会社が提供する私設取引システム(Proprietary Trading System、以下「PTS」という。)において、取引を行っている。

      東証並びにB証券株式会社及びI証券株式会社における取引の特徴等は、以下のとおりである。

      • (1) 取引時間

        東証の取引時間は、午前9時から午前11時30分(前場)及び午後0時30分から午後3時(後場)である一方、B証券株式会社の取引時間は、午前8時20分から午後4時(デイタイム・セッション)及び午後7時から午後11時59分(ナイトタイム・セッション)、I証券株式会社の取引時間は、午前8時から午後4時である。

        なお、東証では、午前11時30分から午後0時30分までが場間であり、場間においては、午後0時5分から午後0時30分まで注文が可能である。

      • (2) 呼値の単位

        東証並びにB証券株式会社及びI証券株式会社では、本件当時、投資者が発注する際の注文値段(呼値)の単位に違いがあり、B証券株式会社及びI証券株式会社では、東証より細かい単位の呼値での発注が可能であった。

      • (3) 両取引所の価格差を利用した取引

        同一銘柄の有価証券につき、東証とPTSという複数の異なる市場での取引が可能であることから、投資者は、複数の市場における価格差を利用して有利な取引を行うことができる。すなわち、投資者は、東証とPTSの板情報を並列させて比較しながら売買をすることができることから、同一銘柄の有価証券について両市場において価格差がある場合、割安な価格で買う一方、割高な価格で売ることで投資者は利益を上げることができる。

        なお、同一銘柄の有価証券について、東証とPTSとの間に価格差があったとしても、各投資者がそれぞれ自己に有利な取引をしようと考え、割安な価格の市場では買われ、割高な価格の市場では売られる結果、前者では価格が上昇し、後者では価格が下落することで、最終的には両者の価格が収斂していくことになる。そのため、同一銘柄における東証とPTSの価格には相関関係が認められ、両者の価格は連動して推移するとされている。

    •  
    •  本件各トレーダーにより行われた各取引

      本件各トレーダーは、別表1記載のとおり、株式売買に係る取引をした。

      上記各取引においては、被審人代表者が全額出資してハンガリーに設立されたJ社が開設した証券口座が使用されていた。同取引の仲介者の一人であるC社において、同口座を通じた注文の原始委託者は被審人であると記録されていた。

      本件各トレーダーは、G社の中華人民共和国上海直轄市に所在する支店(以下「上海支店」という。)に所属する者4名と同国河南省鄭州市に所在する支店(以下「鄭州支店」という。)に所属する者13名であった。

  • 第3 争点(ア)について

    争点(ア)に係る各取引の評価、すなわち、本件各トレーダーによる別表1記載の各取引について、各トレーダー個々人の意思で実行されたと評価するべきか、あるいは本件各トレーダーが意思を通じ合い、一体として実行されたと評価するべきか、という点は、他の争点の判断とも関係するものであることから、他の争点に先立って判断を示すこととする。

    •  本件各トレーダーが行った取引態様について

      本件争点に係る各取引を示す別表1には、左欄に甲1の資料「セレクト・バンテイジに係る注文・約定及び板情報一覧表」と同様の番号(1ないし142)を付しているところ、同一番号内に記載されている各取引を合わせて一連取引と称するものとするが、142回行われたそれぞれの一連取引(以下「本件各一連取引」という。)には、ほぼすべてについて、以下のような取引態様が含まれている。

      • (1) 株式の買い仕込み

        まず、本件各トレーダーは、東証の前場において、対象株式を買い付けているところ、かかる取引は、下記(2)以降の取引の準備行為に相当する取引であったと捉えることが可能である。

      • (2) 東証における大量の買い注文

        •  次に、本件各トレーダーは、東証において、当該対象株式につき、後場の寄付き前に、成行あるいはその直前の寄前気配値段(東証において、投資者向けに公表している後場の寄付き時に約定が想定される値段)よりも高指値で買い注文を行っている。かかる買い注文は、下記(4)と併せ、約定する意思のない買い注文(いわゆる買い見せ玉)と捉えることが可能である。

        •  上記アの買い注文における発注株数は、本件各トレーダーが行ったそれ以外の買い注文の30倍以上(本件各一連取引合計142回の平均倍率。最も倍率の低い銘柄でも約8倍であり、最も倍率の高い銘柄では100倍)に及んでいる上、本件各一連取引合計142回のうち約120回においては、当該買い注文の発注直前の寄前気配値段とその値段より高い売り指値注文の7本までの指値(以下「8本値」という。)の売り注文の合計株数を上回っており、平均すると8本値で発注されていた売り注文の合計株数の約1.63倍であったことが指摘できる。

        •  また、本件各トレーダーによる上記アの買い注文の後、寄前気配値段は、本件各一連取引合計142回の平均で約34.9円引き上げられる結果となったことも指摘できる。

      • (3) PTSにおける有利な価格での約定

        その後、本件各トレーダーは、下記の方法を用い、B証券株式会社及びI証券株式会社が提供するPTSにおいて、有利な価格で対象株式を約定させる結果となった。

        •  東証の寄前気配値段を引き上げた直後、PTSにおいて、引き上げた東証の寄前気配値段よりわずかに下値で売り注文を出し、新たに発注される投資者の買い注文と対当させて約定させる。

        •  東証の寄前気配値段を引き上げた直後、PTSにおいて、引き上げた東証の寄前気配値段よりわずかに下値で売り注文を出し、その一部に自己の買い注文を対当させ(いわゆる対当売買)、その後に出てきた投資者の買い注文と自己の残りの売り注文を対当させて約定させる。

      • (4) 東証に発注していた買い注文(買い見せ玉)の取消し

        •  上記(3)の後、本件各トレーダーは、東証の後場開始前に、東証に発注していた上記(2)の買い注文を取り消している。

        •  上記(2)の買い注文及びその取消しは、いずれも東証の場間で行われており、その間は最大でも約17分であった。

    •  本件各一連取引における本件各トレーダーの役割等

      上記1の取引態様を前提とすると、本件各トレーダーの関与及び役割についても、次のとおり捉えることができる。

      • (1) 合計142回の本件各一連取引には、各対象株式につき、それぞれ買い見せ玉と評価できる大量の買い注文が含まれているところ(上記1(2))、本件各トレーダーは、かかる買い注文をそれぞれ最低1回は行っている。

      • (2) また、本件各一連取引において、それぞれ1人のトレーダーのみで上記1(1)ないし(4)の取引のすべてを行っているわけではなく、複数のトレーダーが関与しており、多くの場合において、買い見せ玉を発注(上記1(2))したトレーダーとPTSにおいて有利な価格で約定させる取引(上記1(3))をしたトレーダーは異なっている。

      • (3) さらに、合計142回のうちおよそ3分の1に相当する54回の本件各一連取引については、同一取引日において、共通する2名以上のトレーダーが、買い見せ玉の発注(上記1(2))を担当する者とPTSにおいて有利な価格で約定させる取引(上記1(3))を担当する者とで、その役割を交代させて取引を行っている。

      • (4) 上海支店と鄭州支店、いずれの支店においても、上記(1)ないし(3)のような状況が認められる。

    •  
    •  本件各一連取引は、本件各トレーダーが意思を通じ合い、一体として実行されたと評価できるか

      本件各一連取引には、いずれも上記1(1)ないし(4)のような取引が含まれている点で共通性が見出せるところ、本件各トレーダーが何ら意思連絡をすることなく、偶々、個々人の自由な意思に基づいて、かかる共通性のある本件各一連取引を、約1か月半という短期間の間に、合計142回も実行したとは到底考え難い。

      むしろ、上記2で指摘した本件各一連取引に係る本件各トレーダーの関与の仕方や、買い見せ玉の発注(上記1(2))からその取消し(同(4))まで最大でも約17分しかかかっていないことに照らせば、上海支店及び鄭州支店のそれぞれの支店において、本件各トレーダーが上記1のような取引を行うべく、あらかじめ役割分担を決めるなどしていたことが強くうかがわれるのであり、本件各トレーダーが意思を通じ合い、一体として取引を実行したことが推認されるというべきである。

      したがって、本件各一連取引は、本件各トレーダーが意思を通じ合い、一体として実行されたと評価できる。

    •  結論

      以上より、本件各一連取引は、本件各トレーダーが意思を通じ合い、一体として実行されたと評価できる。

  • 第4 争点(イ)について

    •  法人である被審人が金商法第174条の2第1項所定の「違反者」といえるか

      • (1) 金商法第159条第2項は、「何人も」相場操縦行為等をしてはならない旨規定しており、この「何人」には法人も含まれる。

        したがって、同規定を前提とする金商法第174条の2第1項において、違反行為をした者として課徴金の対象として定められている「違反者」に法人が含まれることは当然であって、自然人による違反行為が行われた場合に、当該違反行為が法人による行為と評価され、法人に課徴金が課されることも法が予定するところというべきである。

        ところで、課徴金制度は、違反行為の抑止を図り、規制の実効性を確保するという目的を達成するため、法の一定の規定に違反した者に対して金銭的負担を課す行政上の措置であるから、違反行為による経済的利得が帰属する者に対して、課徴金という金銭的負担を課すことが、課徴金制度のかかる目的達成に適うと考えられる。

        そして、違反行為に該当する取引等を実際に行ったのは自然人であるとしても、それが法人の業務として行われたものであると評価できる場合は、当該取引等による経済的利得が当該法人に帰属することになるから、実際に取引等を行った自然人を課徴金の対象とすることによって上記制度目的が達成されるものとはいい難く、かかる場合には、当該法人を違反行為をした「違反者」として、課徴金の対象とするのが相当というべきである。

      • (2) 本件についてみると、まず、本件各一連取引は、本件各トレーダーによって実行されたものであるが、本件各トレーダーは、上記第3のとおり、個々人の意思に基づいて各取引を実行していたわけではなく、役割分担を決めるなど、その意思を通じ合って、一体として本件各一連取引を実行していたと認められるから、上記(1)の観点を考慮すると、本件各トレーダーを「違反者」と捉えることが相当とはいえない。

        その一方で、本件各トレーダーは、雇用契約の上ではG社に所属する(上記第2の2(1))としても、本件で行われた各取引には、被審人提供に係る資金及び取引システムが用いられており、実質的にはEグループ内で被審人及びその子会社を通じた監督が及んでいたものである(同(2))。また、本件各トレーダーの報酬は、被審人に帰属した上記各取引によって得られた利益を原資として、被審人よりG社に支払われた月額手数料の中から支払われたものであった(同(3))上、上記各取引が被審人の計算によるものであることからすれば、上記各取引による損益は、各トレーダーではなく被審人に帰属していたとみるべきものであり、本件各一連取引においてもこれが前提とされているというべきである。

        そうすると、本件各トレーダーは、被審人のために本件各一連取引を行っていたというほかないから、本件各一連取引は、被審人の業務として行われたものであると評価するのが相当である。なお、被審人は、自己資金により株式売買等を行って収益を得ることを業とする会社であるところ(上記第2の1(1))、上記のように、被審人提供に係る資金が用いられ、その収益が被審人に帰属していた本件各一連取引を被審人の業務と評価することは、被審人の事業内容との関係でも整合的である。また、本件で行われた各取引の仲介者において、証券口座を通じた注文の原始委託者が被審人であると記録されていたとの事情(上記第2の4)も、上記各取引が各トレーダーやG社ではなく被審人の取引によるものと捉えられていたことを示すものであり、本件各一連取引を被審人の業務として行われたものと評価することと整合的といいうる。

    •  結論

      以上からすれば、本件においては、法人である被審人が金商法第174条の2第1項所定の「違反者」といえる。

    •  
  • 第5 争点(ウ)について

    •  別表1網掛け部分記載の各取引(ここまでの争点に対する判断を前提として、以下「本件対象行為」という。)について、誘引目的があったか

      • (1) 誘引目的の意義

        金商法第159条第2項が定める誘引目的とは、人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものと誤認させて有価証券の売買取引に誘い込む目的を指すと解される。

      • (2) 本件各一連取引に含まれる本件対象行為の評価

        •  本件各トレーダーは、東証の場間において、平均してそれ以外の買い注文の30倍以上にも及び、かつその大半が8本値の売り注文の合計株数を上回っており、平均すると8本値で発注されていた売り注文の合計株数の約1.63倍にも及ぶ大量の買い注文を行っているところ(上記第3の1(2)イ)、かかる買い注文をすること自体、合理的な投資判断とはいい難い。しかも、本件各トレーダーは、かかる買い注文を行った後、東証での注文が約定し得ない場間のうちに、発注から短時間で取り消していること(同(4))も併せ考えれば、これらの買い注文は、いずれも約定する意思のないものであって、いわゆる買い見せ玉であるというべきである。

        •  また、これらの買い見せ玉は、いずれもその直前の寄前気配値段よりも高指値で発注されたものであることからすれば、かかる大量の買い注文は、東証の寄前気配値段を上昇させることで、他の投資者をして、当該銘柄の買い需要が高まっており、売買が繁盛であると誤解させる意図をもってされたことが強くうかがわれる。このことは、実際に、買い見せ玉発注後、寄前気配値段が、平均で約34.9円引き上げられたことからも裏付けられている(同(2)ウ)。

        •  その上で、本件各トレーダーは、東証の寄前気配値段を引き上げた直後、PTSにおいて、引き上げられた東証の寄前気配値段よりわずかに下値で売り注文を出し、対当売買を行ったり、他の投資者の買い注文と対当させて約定させたりしているところ(同(3))、まず下値での売り注文について見るに、上記第2の3で述べた東証とPTSにおける取引の実情に照らせば、他の投資者は、上記イのとおり、当該銘柄の買い需要が高まって、売買が繁盛であると誤解した後、PTSにおいて、東証の寄前気配値段よりわずかに下値で売り注文の発注等がされたことにより、PTSにおける相場の方が割安と考え、PTSで当該銘柄を買うことに誘い込まれる状況に置かれると考えられるから、かかる取引態様からは、他の投資者を誘い込む意図があったことが推認される。その余の取引を見ても、いわゆる対当売買は、それ自体経済的合理性に乏しい取引である上、他の投資者の買い注文と対当させて約定させている分も、東証の前場において買い仕込みをした(上記第3の1(1))当該銘柄の株式をさほど間を置かずに売却していることと併せると、投資者を誘い込む意図をもってされたことが推認される。

        •  以上からすれば、本件各一連取引のうち上記第3の1(2)ないし(4)の間に行われた一連の取引である本件対象行為は、東証の場間で買い見せ玉を発注し、その後、PTSで対当売買を行うなどすることで、他の投資者に対し、東証やPTSでの当該銘柄の株式の売買が繁盛であると誤解させた上、PTSにおける価格の方が割安だと誤認させ、PTSにおける取引に誘い込む目的でされたものであることが推認されるというべきところ、かかる推認を覆すに足りる事情は認められない。

          したがって、本件対象行為につき誘引目的があったものと認められる。

          そして、上記第4の1(2)のとおり、本件各トレーダーが行った本件各一連取引は、被審人の業務としてされたものであると認められるから、本件対象行為は、被審人が誘引目的をもって実行したものであると認めるのが相当である。

    •  結論

      以上からすれば、本件対象行為について、被審人に誘引目的があったものと認められる。

    •  
  • 第6 争点(エ)について

    •  本件対象行為が繁盛取引及び変動取引に該当するか

      • (1) 繁盛取引及び変動取引の意義等

        •  「相場を変動させるべき」取引とは、相場を変動させる可能性のある売買取引等を指し、「相場」とは、当該銘柄に対する需給の動向が客観的に反映され一般の投資者が、それに基づいて投資判断を行っているような価格、出来高等を指すものと解される。

        •  また、「一連の有価証券の売買等」とは、社会通念上連続性の認められる継続した複数の売買取引のことをいい、取引所金融商品市場におけるものに限られないところ、上記アの「相場を変動させるべき」との文言は、「一連の有価証券の売買等」にかかるから、一連の有価証券の売買等が全体として相場を変動させるべきものであれば足り、個々の売買取引等がそれぞれ相場を変動させるべきものであることまでは要しないと解される。

        •  なお、「繁盛取引」とは、出来高が多く売買取引が活発に行われていると誤解させるような一連の売買取引を意味するところ、通常、変動取引が行われれば、売買取引が繁盛であると誤解させる結果は当然生じると考えられるから、「変動取引」該当性に加え、別途、「繁盛取引」該当性を検討する必要はないものと解される。

      • (2) 本件における検討

        •  本件対象行為のいずれにおいても、東証の場間で買い見せ玉を発注し、PTSにおいて対当売買等を行った後、当該買い見せ玉を取り消すまで、最大でも約17分程度の間に連続的に発注が行われている(上記第3の1)。しかも、これらの取引は、本件各トレーダーが役割分担しながら行われていること(上記第3の2)からすれば、各取引を連続的に行うことによって、他の投資者に対し、東証やPTSでの当該銘柄の株式の売買が繁盛であると誤解させた上、PTSにおける価格の方が割安だと誤認させ、PTSにおける取引に誘い込む意図をもってされたものであることが認められる。

          そうだとすれば、本件対象行為は、いずれも社会通念上連続性の認められる継続した取引であるといえ、「一連の有価証券の売買等」であると認められる。

        •  その上で、上記第5の1(2)イのとおり、場の状況に照らして大量の買い見せ玉を発注することによって、当該銘柄の価格や出来高を上昇させる可能性があることは明らかであるところ、このことは、実際に各対象銘柄の寄前気配値段が上昇していることからも裏付けられている。

          そして、東証の場間において大量の買い見せ玉を発注し、東証の寄前気配値段を上昇させた後、PTSにおいて、対当売買を行いつつ、他の投資者の買い注文と対当させて約定させることは、本件各トレーダーによるこれらの取引がない場合に比して、東証等において、他の投資者が高値での注文を発注させることにもつながり得るから、東証の相場を高値に変動させる可能性があることは否定できない。

        •  以上からすれば、本件対象行為は、一連の有価証券の売買等を全体としてみれば、いずれも「相場を変動させるべき」取引、すなわち変動取引に該当すると評価できる。そして、変動取引に該当する以上、繁盛取引該当性も認められる。

    •  結論

      以上からすれば、本件対象行為は、繁盛取引及び変動取引に該当すると認められる。

    •  

(※ 別表1の添付は省略する。)


(別紙2)

(課徴金の計算の基礎)

  • (1) 金商法第174条の2第1項の規定により、当該違反行為に係る課徴金の額は、

     当該違反行為に係る有価証券の売買対当数量に係るものについて、自己の計算による当該有価証券の売付け等の価額から、自己の計算による当該有価証券の買付け等の価額を控除した額、

     当該違反行為に係る自己の計算による有価証券の売付け等の数量が当該違反行為に係る自己の計算による有価証券の買付け等の数量を超える場合は、当該超える数量に係る有価証券の売付け等の価額から、当該違反行為が終了してから1月を経過するまでの間の各日における当該違反行為に係る有価証券等に係る有価証券の買付け等についての金商法第67条の19又は第130条に規定する最低の価格のうち最も低い価格に当該超える数量を乗じて得た額を控除した額

    及び

     当該違反行為に係る自己の計算による有価証券の買付け等の数量が当該違反行為に係る自己の計算による有価証券の売付け等の数量を超える場合は、当該違反行為が終了してから1月を経過するまでの間の各日における当該違反行為に係る有価証券等に係る有価証券の売付け等についての金商法第67条の19又は第130条に規定する最高の価格のうち最も高い価格に当該超える数量を乗じて得た額から、当該超える数量に係る有価証券の買付け等の価額を控除した額

    の合計額として算定。

  • (2) また、金商法第174条の2第8項及び金融商品取引法施行令第33条の13第1号の規定により、違反者が違反行為の開始時に当該違反行為に係る有価証券を所有している場合には、上記(1)に掲げる額の計算において、当該違反者が、当該違反行為の開始時にその時における価格で当該違反行為に係る有価証券の買付け等を自己の計算においてしたものとみなす。

  • (3) さらに、金商法第185条の7第15項の規定により、違反者が、違反行為を開始した日から遡り5年以内に、金商法第185条の7第1項の決定を受けたことがあるときは、上記(1)及び(2)により算定した額に代えて、当該額の1.5倍に相当する額を課徴金の額とする。

本件では、被審人は、別紙1のとおり、平成26年4月9日に違反行為を開始したところ、金融庁長官は、同年3月24日に同者に対して金商法第185条の7第1項の決定をし、同者は同月25日に当該決定に係る決定書の謄本の送達を受けた。

よって、別紙1に掲げる事実につき、別表2(PDF:154KB)に記載のとおりであるから、課徴金の額は、上記(1)ないし(3)により算定される2106万円となる。

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