有識者コラム

(注)本コラムは有識者本人の個人的見解に基づいて書かれたものであり、当庁の見解、意見等を示すものではありません。

スマート資産形成スタイルの話

  • 平成28年9月2日
  • 千葉商科大学人間社会学部 教授
  • CFPR 認定者
    伊藤宏一

第3回 いい企業を選ぶーESG投資

1.いい企業を選ぶーESG投資

投資とはいい企業を選んで、その企業の成長の果実を一部手にすることです。企業は、社会に対して人々が望む製品・商品やサービスを提供します。今、国際的に見て、企業に求められていることを「ESG」と呼んでいます。つまり気候変動リスクや環境汚染など環境(Environment)問題に配慮し対応すること、雇用や地域衰退・子育て・女性登用など社会(Social)の抱える問題を解決出来るようにすること、そして企業活動が透明で公正で、不正経理や事実の隠蔽などをせず、社外取締役の設置や透明な情報開示などを行う(Governance)です。
仮に不正経理をして、それが発覚すれば企業の信用は失墜し、売り上げは落ち株価も下がります。毎年1月スイスのダボスで開かれる世界経済フォーラム(World Economic Forum)が2016年に実施した今後10年のグローバルリスク調査では、気候変動を最も深刻なグローバルリスクの1つであると位置づけ、事態の注視と対応の必要性を世界各国の投資家に対して訴えています。社会問題や環境配慮をする企業は、社会から喜ばれ信頼され、売り上げも株価も上がるようになります。
私たちが投資するのは長期的な資産形成のためですから、一時人気があっても、直ぐに収益が落ちていくような企業への投資は不適切です。また前回お話しした短期的な投機では、企業が成長するための安定的な資本とはなりませんし、リスクも極めて高くなり、売買の度に手数料がかかってしまいます。
資産形成のための中長期的な投資がリターンを生むためには、投資する企業も持続的に成長し中長期的に企業価値が向上していくことが望ましいと言えます。株価や為替の日々の変動はありますが、中長期的に成長していく企業は、私たちの生活を資産形成という面でも支えることになるでしょう。そのために企業と積極的に対話をし、企業が透明で公正な経営を行い、新たなイノベーションを推進し、社会問題を解決するような製品・商品とサービスを提供していくなら、私たち一人一人だけでなく、社会全体に良い影響を与えるようになるでしょう。

2.資本市場改革の展開

ところで、日本経済は今どういう状態にあるでしょうか。労働・資本そして技術といった生産要素をフル稼働した時の経済成長率を「潜在成長率」と呼んでいますが、我が国の潜在成長率は、ゼロに近くなっており、他の先進国と比べても低い水準にあります。この状態を変えるためには、人口減少の中で女性や高齢者にも働いてもらうという労働の問題、IoT(インターネット・オブ・シングス)やAI(人工知能)といった新しい技術を開発すると同時に、資本の生産性を高める必要があります。日本では企業に投下された資本が効率的に力を発揮していません。そこで私たちが投資する資本の効率性を高めるための一連の改革が行われています。
一つは投資家や社会から見て企業が不透明で不公正な運営をしないために、企業に対してコーポレートガバナンス・コードという規範を提起し、それを守ってもらうというものです。二つ目は、運用会社などの「機関投資家」に対して、投資している企業との対話などを行ってもらうスチュワードシップ・コードを金融庁が提起し、多くの金融機関がこれを実行し始めたことです。さらに個人に対して投資信託などを販売する金融機関などに対して、投資する個人に対する受託者責任(信任義務—フィデューシャリー・デューティ)に基づいて、顧客第一の営業や販売を推進することを金融庁が行政方針として示したことです。
こうした流れのもと、企業は個人などから投資された資本を効率的・効果的に活用してイノベーションや新しい市場開拓を行い、社会問題の解決を目指し、環境問題に配慮して、企業経営を革新し、潜在成長率を高め、ROE(株主資本利益率)8%以上を目標に投資する個人にリターンを還元していく、ということを目指すことになりました。私たちの公的年金を運用している年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も2015年9月に国連が進めるESG投資の原則である国連責任投資原則に署名しました。その際GPIFは「投資先企業におけるESG(環境・社会・ガバナンス)を適切に考慮することは、被保険者(国民)のために中長期的な投資リターンの拡大を図るための基礎となる企業価値の向上や持続的成長に資するものと考える」と述べています。また企業年金連合会や多くの運用会社などもこの国連責任投資原則に署名して、ESG投資を実行しつつあります。
日本政府もESG投資を後押ししています。2014年2月に金融庁が発表した「日本版スチュワードシップ・コード」、2015年6月に金融庁と東京証券取引所が発表した「コーポレートガバナンス・コード」は、ともにESG投資が企業の持続的成長や中長期的価値の増大に資するとしています。

3.ESG投資の原則

ところで国連責任投資原則とは、具体的にどういうものでしょうか。それは機関投資家が受益者である個人や国民のために長期的視点に立ち最大限の利益を最大限追求する義務を受託者として果たす上で、投資の意志決定プロセスや株式の保有方針の決定に環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Corporate Governance)の課題(=ESG課題)に関する視点を反映させるための考え方を示す原則です。つまり、投資家として環境、社会、企業統治に関して責任ある投資行動をとることを宣言するものです。以下がその6つの原則です。

  • 1.私達は、投資分析と意志決定のプロセスにESG課題を組み込みます。

  • 2.私達は、活動的な株式所有者になり、株式の所有方針と株式の所有慣習にESG課題を組み入れます。

  • 3.私達は、投資対象の主体に対してESG課題について適切な開示を求めます。

  • 4.私達は、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きかけを行います。

  • 5.私達は、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。

  • 6.私達は、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告開示します。

国連責任投資原則は拘束力のない規範としてスタートしましたが、同原則を受け入れる旨を表明した機関は、2016年8月現在、全世界で1556機関、日本では、GPIFのほか企業年金連合会など全部で48機関となっています。

4.ESG投資を進める視点

さて私たちがESG投資を進めるためにはどうしたらいいでしょうか。一つはESGを基準として企業を選んでいるインデックスを選んで、それに対応するETFやインデックスファンドに投資することです。インデックスには日経平均(日経225)や東証株価指数(トピックス)がありますが、これらはESGで企業を選んでいるわけではありません。日本のインデックスで、ESGのうちGを基準に選択しているインデックスがJPX日経400インデックスです。これは2014年1月にスタートしたもので、企業のガバナンスに関して、過去3期すべての時期で営業赤字があったり、証券取引所の整理銘柄に該当した株式を除外し、3年平均のROEや累積営業利益・時価総額を加味し、二人以上の社外取締役専任などの定性的要素を加味して企業を選択しており、毎年銘柄選択をしています。
国際的に見ると、FTSE Russellが算出する指数に、FTSE4Goodインデックス・シリーズがあり、その中にFTSE4GOOD Japan IndexというESGで評価に値する日本企業を選んだものがあります。またスイスの投資運用およびアドバイス会社であるRobecoSAMが米国ダウ・ジョーンズと共同で1999年に開発した株式指数であるDJSI(Dow Jones Sustainability index)も、ESG系のインデックスです。2015年の「DJSI World」では、全世界の大企業約2,500社から317社(日本企業20社)が、また「DJSI Asia Pacific」では、アジア太平洋地域の大企業約600社から145社(日本企業62社)が構成銘柄として選定されています。2016年7月、同インデックスは、不正会計問題を起こした東芝を除外しました。
さらにMSCI ESG Indexesもあります。
アクティブ型の投資信託でも最近は、ESGを考慮したものが増えてきています。ただし、まだそう多くはなくどれがESG投信かわかりにくいのが現状です。拡充される確定拠出年金やNISAなどの制度の中で、金融機関がESG投資ができる選択肢を提供することがいいと思います。
また、イギリスでは、政府が作った無料で中立的な「マネーアドバイスサービス」(https://www.moneyadviceservice.org.uk/en/articles/ethical-saving-and-investing新しいウィンドウで開きます)があります。このサイトは市民が投資や貯蓄、ローンや保険などお金に関する問題に直面した時に、適切な金融知識を身につけ相談できるサイトで、2011年にスタートし、2015-16年度には2140万人ものイギリス人がアクセスして、その金融行動をサポートされています。
このサイトは金融教育のための様々なテーマの文章が用意されています。その一つが「倫理的貯蓄と倫理的投資」です。そこでは「あなたは株式や債券そして投資信託に投資する場合は、直接企業に投資することになります。倫理的な貯蓄と投資は、あなたが助けている企業をあなたの倫理観で選択することです。」と述べられており、「隣人の優先順位は、気候変動と戦うためのグリーン技術であるかもしれないし、あなたは、児童労働を採用する企業を避けるために重要と考えるかもしれません。」としています。
そこで具体的には関連サイト(http://www.yourethicalmoney.org新しいウィンドウで開きます)で、株式や投資信託を選ぶ倫理的基準として、アルコールに関わらない・動物実験をしない・気候変動と戦う・環境問題に取り組む・機会の平等推進・ギャンブルに関わらない・人権尊重・軍事に関わらない・原子力に関わらない・ポルノに関わらない・タバコに関わらない・再生可能エネルギー推進など、といった環境・社会に関するテーマが挙げられており、一般に購入できる投資信託が、これらの基準についてどういう態度を取っているかを一覧表にしています。これらにガバナンスに関する指標もつけて、投資信託のESGチェックができる一覧表が日本にもあれば、ESG投資が進めやすくなるでしょう。

資本市場改革−長期投資による企業と国民の新しい関係構築−

有識者プロフィール

伊藤 宏一

CFPR認定者。NPO法人日本FP協会専務理事。千葉商科大学人間社会学部教授。
「金融経済教育推進会議」(金融庁・文部科学省・消費者庁などで構成)委員。

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